オープン以来、毎日が試行錯誤。研鑽の日々から垣間見える豚骨の未来
漆黒の下地から浮かび上がる「羽釜炊きとんこつらい斗」の11文字。過度な装飾を排したシンプルな看板から、店主のセンスの良さがほの見える。
そんな同店がオープンしたのは、桜の花びらが散り、陽光が輝きを増し始めた4月中旬の候。ロケーションは東急多摩川線武蔵新田駅、同下丸子駅、東急池上線千鳥町駅の3駅からほぼ等距離。いずれの駅からも徒歩10分程度でアクセス可能な好立地だ。
同店の店主・黒澤氏は博多豚骨ラーメンに魅せられ、複数の実力店で修業。「タレでなく出汁でうま味を表現する」という目標を掲げ、オープン以来日夜、理想的なバランスを探すための試行錯誤を繰り広げている。
「当初は、口当たりが軽やかな『ライト』な豚骨ラーメンを創りたいという気持ちで『らい斗』という屋号を付けたのですが、日に日にスープ作りにのめり込み、今では、れっきとした濃厚ラーメンになってしまいました」と笑う。
鮮度の高い豚頭・豚ゲンコツ・背ガラを店内に設置された羽釜(※)で10時間以上炊き上げる。炊き上げたスープを1杯分ずつ手鍋で煮立て、熱々の状態で提供。カウンター上に供された丼から立ち上がる豚骨の薫りが、食べ手の食欲をかき立てる。
「薫りもおいしさの一環として楽しんでもらいたい」との思いから、細心の注意を払いながら、匂いを過不足のない塩梅に調整する。ともすれば、こだわりが高じるがあまり、豚骨臭をデフォルメする傾向が強い博多豚骨ラーメンの作り手の中で、食べ手の立場に寄り添う姿勢を貫く店主の姿勢には感服するほかない。
食べ初めから食べ終わりに至るまで、心地良い甘みが口腔を満たし続けるスープは、濃度の高さもさることながら、コクの深さが尋常ではない。この分厚い甘みを、タレに頼ることなく、主役である豚骨のみから搾り出したというのだから驚きだ。
このスープとコンビを組むのは、噛むと「ザクリ!」という音が聞こえてきそうな低加水ストレート麺。スープの持ち上げが良好で、スープに見劣りしない存在感を持ち合わせた麺を、地元の製麺所に作ってもらったのだという。「チャーシューを改良してみたのですが、お試しになりますか」と、新作のチャーシューを試食させていただいた。ラーメンを創る店主の背中から、豚骨ラーメンが進むべき未来図が垣間見えたような気がした。
(撮影◎松山勇樹)
・・・・・・・
(※)「羽釜」とは?
白濁した豚骨スープを炊くため、ラーメン店によっては寸胴の代わりに使用する調理器具。熱伝導効率が良いため、中のスープが効率的に対流し、コクやうま味が最大限に引き出されたスープを創ることが可能となる。羽釜を用いてスープを創る豚骨ラーメン店には、人気店・実力店として、食べ手から高い人気を獲得しているものが多い。神奈川の『麺屋庄太』や福岡の『大砲ラーメン』などが代表選手。見方を変えれば、スープを炊くために、広く普及している「寸胴」ではなく「羽釜」をわざわざ用いること自体が、既にラーメン作りにこだわりを持っている証拠。そのような店の味が良いのは当たり前という見方もできよう。
・・・・・・・
●SHOP INFO
●著者プロフィール
田中一明
フリークを超越した「超・ラーメンフリーク」として、自他ともに認める存在。ラーメンの探求をライフワークとし、新店の開拓、知られざる良店の発掘から、地元に根付いた実力店の紹介に至るまで、ラーメンの魅力を、多面的な角度から紹介。「アウトプットは、着実なインプットの土台があってこそ説得力を持つ」という信条から、年間700杯を超えるラーメンを、エリアを問わず実食。現在までの通算杯数は8,000杯を超える。