日本酒初心者こそ行くべし! 創業170余年の日本酒バー『鈴傳』の魅力とは?【吉田類が名付け親・吉田マッスグの酒場の記憶】

日本酒初心者こそ行くべし! 創業170余年の日本酒バー『鈴傳』の魅力とは?【吉田類が名付け親・吉田マッスグの酒場の記憶】
食楽web

 創業が嘉永3年(1850年)といいますから、すでに170年ほど。老舗の酒屋であり、日本酒の聖地とさえ言われる店、それが四谷『鈴傳』です。「老舗」「聖地」なんて言うと、日本酒ビギナーは、尻込みしそうですが、そんな必要はありません。むしろ、詳しくないけど、美味しい日本酒を純粋に味わいたいという人ほど、この店に足を運んでもらいたい。

 ここは酒屋に立ち飲みが併設されたいわゆる角打ち。酒屋の横にある小さな入り口を思い切って入れば、そこには日本酒の楽園が待ち受けています。

※吉田マッスグとは……普段は本誌『食楽』の副編集長。酒場のカリスマ・吉田類氏が名付け親となり、酒場をめぐる時にだけ「吉田マッスグ」を名乗る。ここでは、その吉田マッスグが大衆酒場をテーマに、酒にまつわる物語を紹介していきます。

老舗の雰囲気が漂う、酒屋に掲げられた酒造メーカーの看板。歴史を物語る
老舗の雰囲気が漂う、酒屋に掲げられた酒造メーカーの看板。歴史を物語る

 そんな店がなぜ日本酒ビギナーに向いているのでしょうか。まず、この店には日本酒の蘊蓄(うんちく)は必要ありません。スタッフがこれ見よがしに日本酒について説明してくることもありません。

 15種ほどがラインナップされる日本酒は、シンプルに銘柄と特定名称酒だけが書かれているだけ。日本酒を豊富に取り揃える店にありがちな、「日本酒度」「酸度」といった、ビギナーに馴染みのない、ビギナーを遠ざけてしまう文言も一切書かれていません。たがら「スッキリしたお酒はどれですか」「あんまり日本酒を飲んだことがなくて」などと伝えれば、最低限の言葉で、最適解に導いてくれます。

心地よい空間で“日本酒と向き合う”ことができる秘密基地

日本酒は一升瓶が空き次第、銘柄が変わっていく。最上段は定番酒が並ぶ
日本酒は一升瓶が空き次第、銘柄が変わっていく。最上段は定番酒が並ぶ

 客もまた日本酒の知識をひけらかして飲むような人がいません。角打ちという立ち飲みだからでしょうか、ひとり客も多く、そうした客は、黙して日本酒と向き合っています。表情にこそ出しませんが、『旨いなー』と心の中で笑っているのが分かります。

 立ち呑みのテーブルには二人、三人にと連れ添って来る客もいますが、決まって日本酒を熱く語り合っている客も見たことがない。酒に合わせる会話にはいつも笑顔が寄り添っているのです。

カウンターとテーブルからなる角打ち。酒屋の脇に広がる秘密基地のような場所だ
カウンターとテーブルからなる角打ち。酒屋の脇に広がる秘密基地のような場所だ

 そんな店で楽しむには、ちょっとだけルールのような決まりがあります。まず第一にキャッシュオンデリバリーであること。つまり、注文したらその場でお金を支払います。

 もうひとつは注文口でお酒を頼むと、グラスにすりきり一杯、正一合のお酒が注がれます。表面張力よろしく、それこそ1センチでも動かせば、こぼれてしまいそうなほどたっぷりと注がれます。ですので、ここでは酒が注がれたらグラスに口を近づけ、ひとすすり。少しお酒を減らしたところで、自分の席へ持っていきましょう。

酒はグラスにすりきり一杯注がれて正一合。飾りっ気のないグラスがまたいい
酒はグラスにすりきり一杯注がれて正一合。飾りっ気のないグラスがまたいい

 つまみは、ガラスのショーケースの中に十数酒の手作りの料理が旨そうに並んでいます。定番もあれば、曜日限定のつまみも。時間帯によっては売り切れていることもあるので、あしからず。

つまみは400円~。肉系、魚系、おばんざい系など酒飲みの壺を抑えたつまみが並ぶ
つまみは400円~。肉系、魚系、おばんざい系など酒飲みの壺を抑えたつまみが並ぶ

 ちなみに、15種ほどあるお酒で、試してほしいのは「櫻正宗」の燗酒です。というのは、信じられないかもしれませんが30年ほど前までは、『鈴傳』で供されていた酒は、この櫻正宗一本だったそう。それが、先代がヨーロッパへ渡り、現地のワインのカーヴ(貯蔵庫)を目の当たりにし、温度管理の大切さを痛感。帰国後、導入したのが『鈴傳』の地下にあるカーヴでした。そこでの品質管理を大きな武器に、全国各地の日本酒を導入するようになりました。いわゆる“地酒ブーム”をつくりあげたきっかけにもなったのです。

地下のカーヴには1階には並びきらない酒がズラリ。これぞ聖地たる所以
地下のカーヴには1階には並びきらない酒がズラリ。これぞ聖地たる所以

 いまでこそ、全国の名だたる酒が並んでいますが、原点はまさにこの灘の酒『櫻正宗』。その『櫻正宗』を、いまでは珍しい管を通して温める間接加熱式の酒燗器で温めると……。やわらかく、バランスのとれた、それでいて米の旨みをしっかりと感じる燗酒になり、これがすこぶる旨い。

酒燗器に酒を注ぐと、湯に覆われた管のなかを酒が通り、間接的に酒が温められる
酒燗器に酒を注ぐと、湯に覆われた管のなかを酒が通り、間接的に酒が温められる

 日本酒は一升瓶が空き次第、次の銘柄へと変わっていくので、とにかく通う度に新しい出会いがあります。『鈴傳』は、日本酒ビギナーにこそ足を運んでもらいたい聖地なのです。

●SHOP INFO

鈴傳(すずでん)外観

店名:鈴傳(すずでん)

住:東京都新宿区四谷1-10 鈴伝ビル
営:17:00~20:30(20:00L.O.)
休:土曜、日曜、祝日

●著者プロフィール

吉田マッスグ
『食楽』本誌副編集長を務め、日々全国のトップレストラン、生産者などを取材する傍ら、酒場めぐりをライフワークにする。『吉田類の酒場放浪記』(BS-TBS)の番組本などをはじめ、これまでに吉田類氏とともに全国の多くの酒場を巡ってきた。吉田マッスグは、師と仰ぐ吉田類氏が名付け親。