油が違うだけで別の味になる

「なぜこんなに美味しいの?」
聞かずにはいられなくなりました。ただ、ラーメンの美味しさは普通、企業秘密。気難しいラーメン店の店主なら絶対に教えてくれるはずがありません。
ところが、店主の水原さんにお話を伺うと、実に朗らかな方で、何もかも全部教えてくれちゃうんです。
「ベースのスープは煮干し、昆布、椎茸で、『らぁめん小池』と同じバランスですが、こちらでは貝や動物系のスープを足しています。簡単に言うと『小池』は煮干しの美味しさを味わうスープで、こちらはもっと複雑な味を楽しむスープにしています」
「中華そば」と「山椒そば」は全く違う味なのですが、実はスープもタレも一緒なのだということまで教えてくれました。

「違うのは油なんです。中華そばにはラードと鯖節の油で、山椒そばには白絞油(しらしめゆ)に中国の赤い山椒で香りをつけた山椒油を使っています。こうしたわずかな差ですが、ラーメンは油が非常に重要なので、そこを変えると別物になるんですよ」(水原さん・以下同)
なんと、山椒そばは、最後に振りかけた青山椒の香りだけではなかったのです。山椒油は温度が上がるにつれて香りが立つそうで、スープとドッキングした瞬間に、最高の香りになるそう。

さらに聞きたかったのは、あの美しい黄金色の透き通ったスープの色。
「煮干しだけのスープはどんどん茶色くなっていきます。あえて濁らせるスープもできますが、私は温度管理をして高温にならないように炊き、色も苦みもエグミも濃く出ないように気をつけています。動物系のスープも同じで、優しく炊くと透明に仕上がります。この2つを足すとさらに色が薄くなり、透明感がありつつ旨みが深くなるんです」

そして一番聞きたかったこと。それはお品書きのコメントにあったあの一文「冷めてきた時の表情~」について。
「ラーメンというとアツアツ=美味しい、というのが当たり前のようになっていますが、冷めても美味しいんですよ。おそらくこれは料理人ならみんなわかっていることだと思うんですが、素材1つ1つの味が重なり合うと、温度が下がっても、違う味わいになり、それが楽しめるんです。和食の椀物もそうだし、わかりやすく言えばハーゲンダッツもそうですよね」
確かに、カチンカチンの時より、少し外に置いたほうがアイスクリームそのもの味や、トッピングの美味しさがよく分かるようになります。とはいえ、美味しいのは、やはり1つ1つを丁寧に作っているからこそでしょう。

「ラーメンの変化というのはとても面白いんですよ。山椒そばも、最初は温かいから山椒の香りがものすごく立っていますが、次第に油がなくなってきて、温度も下がってくると、今度はスープの味が際立ちます。そんな風にラーメンの味わいの変化も楽しんでいただきたいと思っているんです」
なるほど。水原さんのラーメン解説は実にわかりやすいです。しかし、最後にもう1つ聞いた「小池」や「にし乃」という店名については、「ちょっと、それはカッコ悪いんで」と言ってニヤニヤとお茶を濁しています。スープは濁っていないのに変ですね。
というわけで、美味しすぎる『中華そば にし乃』さんが本郷に来てくれて良かった! これからも通います! 皆さんもぜひこちらでラーメンの味の変化を体験してみてください。
(取材・文◎土原亜子)
●SHOP INFO

店名:中華蕎麦にし乃
住:東京都千代田区本郷3丁目30-7
TEL:非公開
営:11:30~15:00、18:00~22:00
※土祝は夜の営業は休み
休:日