陶芸家が惚れ込んだのは土ではなく錫の酒器だった。【酒器も肴のうち】

お酒をつぐ器、お酒を飲む器。酒器に思いを巡らせると、気になってくるあの人のお気に入りやコレクション、あのお店のセレクション。酒器を愛でて一献傾けるのが好きなライターによる酒器折々、酒器こもごも。

陶芸家が惚れ込んだのは土ではなく錫の酒器だった。【酒器も肴のうち】
食楽web

『酒器も肴のうち』第20献は、陶芸スタジオ「陶房かたち」を主宰し、自ら作陶するかたわら、少人数制の陶芸ワークショップも行うなかじまなつこさんにご登場いただいた。

 陶芸家が愛用する酒器となると、こだわりが凝縮されたご自身の作品なのだろうか。自作の我が子はさぞかし愛おしいものだろう。勝手にそう決めつけていたら違っていた。筆者のような素人が陶芸体験でこしらえた「不細工だけど味があって気に入っているんだよねえ」というのと一緒にしては失礼な話だった。

 なかじまさんが見せてくれた愛用の酒器は自作のものではなかったし、陶磁器でもガラスでもなく、錫の酒器だった。それは圧倒的な存在感を放っていて、持ち主以外の誰かが素手で触れるのを拒むような雰囲気で、一瞬手にするのをためらったほどだ。想像した酒器のイメージとも違っていたし、親戚のお仏壇にある小さなおりん(棒で打ち鳴らす仏具の一種)と重なって見えた。

「3年ほど前、作家さんや生徒さんの作品、子どもたちが絵付けしたものなど50個の蕎麦猪口の展覧会を開催しました。作り手が思ういろんな形状の蕎麦猪口があり、そのとき、鍛金作家の鮫島貴子さんに出展していただいたのがこの錫の器です。会期中、撮影したり眺めていたりしているうちにどうしても欲しくなって、会期終了後、譲っていただくことに」

 扱う素材こそ異なるが、ものづくりの作家が惹かれる器の魅力はどんなところにあるのだろう。「鍛金」とは一枚の金属板を金槌で造形する伝統技法。なかじまさんいわく「扱う素材の重さや造形に伴う体力は陶芸の比ではないです。手作業ならではの鎚目(つちめ)の揺らぎある優しいフォルムに魅せられました」

 筆者もこれまでさまざまな錫製の酒器を拝見してきたつもりだったが、どれも見た目のメタリックでクールな印象が先立っていた。錫材のすとんと手に収まる重量感は変わらず心地よいが、なかじまさん愛用の酒器は丸みを帯びたコロンとした形がそうさせるのか、鎚目が見せる柔らかな凹凸感なのか、クールというよりはほっこりとした表情で、じんわりとぬくもりが伝わってくるのだ。

 酒器を肴にもするし、時には擬人化して気づけば酒器に話しかけている筆者(コワい、ですか?)のような変人になると、思わず話しかけずにはいられない、そんな酒器。最初は素手で触るのを躊躇するオーラを放っていたが、扱ってみて初めて気づく優しさ。強面だけど話してみたら実は優しい人だった、みたいな。この酒器でどんなお酒を?

「友達から誕生日に日本酒をいただいたんです。昔ながらの造りで自然酒を醸す千葉の寺田本家さんのお酒でした。それだったら同じように手仕事が生きた優しいフォルムの器で飲むのがふさわしいと思って。優しい酒器で優しいお酒を飲むと、心にも身体にも優しいことをしている気がしますよね(笑)。器と中身の相性というか取り合わせも大事にしたいと思っているので」

 実は中島さん、栄養士の資格をお持ちでいらっしゃる。ということも少なからずあるからか、器に盛りつけられる料理や注がれるものを想定し、実用を重んじる発想の持ち主でもある。それに加えて端正なかたちに仕上げた作品の数々はもれなく筆者のストライクゾーンのど真ん中!

 思えば、筆者が初めてなかじまさんの器と出会ったとき(そう、手のひらに乗るほどの小さな蓋付きの器で)、半ばおねだり状態で譲っていただいたのだった。なかじまさんも同じように鮫島さんにおねだりしたかどうかはわからないが、そういえば、今回ご紹介した錫の酒器。蕎麦猪口として出展されていたはず。「蕎麦猪口って発想ひとつでなんにでも使えて、日本が誇る万能な器ですよね。そう思うと”君は偉い! 蕎麦猪口、なんていいヤツなんだ”って思っちゃうんです」。あ、ここにもいたいた。器とおしゃべりする人が。

【酒器FILE 014】 愛用者:なかじまなつこ(「陶房かたち」主宰) *口径90mm *高さ48mm *容量230cc *重量152g
【酒器FILE 014】
愛用者:なかじまなつこ(「陶房かたち」主宰)
*口径90mm *高さ48mm *容量230cc *重量152g

●DATA

陶房かたち

陶房かたち

カフェで使用される別注アイテムの制作と陶芸ワークショップを主軸に、足立区のちいさな絵画スタジオ「ひよこ」との合同展覧会など、地元に密着したイベントを企画・開催する。また、江戸時代に荒川下流域で採取されたブランド土「荒木田土(あらきだつち)」のルーツやロマンに共感する地域メンバーと「土」を感じるプロジェクトにも関わる。

●NEWS

「金属の酒器で楽しむ秋の宴」
鍛金作家・鮫島貴子さん(ARTIS主宰)の銀・錫・銅の酒器でお酒を嗜みながら、秋の国分寺野菜を肴にいただく1日限りの秋の宴を開催。(現在、キャンセル申し込みのみ受付中)
日時:11月30日(木)19:30~22:00
場所:胡桃堂喫茶店(東京都国分寺本町2-17-3)
会費:3,800円
問:042-401-0433 もしくは info@kurumido2017.jp(胡桃堂喫茶店)

●著者プロフィール

取材・文/笹森ゆうみ

ライター。蕎麦が好きで蕎麦屋に通っているうちに日本酒に目覚め、同時にそば猪口と酒器の魅力にとりつかれる。お酒、茶道、着物、手仕事、現代アートなど、趣味と暮らしに特化したコンテンツを得意とする。