プライスレスなクリスタルガラスは、スキー少女の汗と涙で輝きに満ちていた。【酒器も肴のうち】

お酒をつぐ器、お酒を飲む器。酒器に思いを巡らせると、気になってくるあの人のお気に入りや、あのお店のセレクション。酒器を愛でながら一献傾けるのが好きなライターによる酒器折々、酒器こもごも。『酒器も肴のうち』第51献。

プライスレスなクリスタルガラスは、スキー少女の汗と涙で輝きに満ちていた。【酒器も肴のうち】
食楽web

 先週に続き、田中園恵さんの酒器をおかわりさせていただく。「集めようと思ったわけじゃないのにいつの間にか増えていた」と言うが、旅先で骨董店を見つけると素通りできない根っからの器好きだ。

 お茶の先生から譲り受けた大切なお宝級のお猪口に続いて登場したのは蕎麦猪口の数々。蕎麦猪口好きとしてはテンションが上がる。

「結局のところ、お酒は蕎麦猪口で飲むのがちょうどいいと思うんです。小さいぐい呑でちびちびやるより、たっぷり注いで味わいます。蕎麦猪口はコーヒーカップとして使うこともありますし、万能なところが好きで一時買い集めていたことがあるくらい」

 蕎麦猪口万能説を信じて疑わない者としてはそのコレクションに釘づけだ。なかには金継ぎならぬ、いたずらな金彩を加筆した蕎麦猪口もあり、その種明かしでひとしきり盛り上がる。

 まさに「酒器も肴のうち」と思える瞬間だ。帰ったら今夜はどの蕎麦猪口で一献傾けようか。そんなことを考えながら、存在感のあるクリスタルガラスの酒器に目が止まる。

「大胆なカッティングが施されたのはいただきもの(写真手前)。結構前になりますが、とくにエピソードがなくて……。そしてもうひとつ。ころんとした形は偶然にも似ていますがこれはとても特別なものです」

「幼少の頃からスキー競技を続けている娘が、ある大会で入賞したときにもらった副賞なんです。繊細で緻密、華やぎのある独創的なカットが素晴らしい。チャンピオントロフィーなども手がけるガラス作家さんの作で、もらった本人よりも私の方が喜んだといいますか……(笑)」

 思い返せば、前回紹介した酒器のエピソードに似ている。田中さんがまだ幼い頃にお茶の先生から譲り受けた酒器同様、この酒器もまだ10代の彼女にしてみれば今は重いだけのただのガラスのグラスくらいにしか思っていないかもしれない。

 いつか彼女がお酒をたしなむ年頃になったときに、重厚かつきらびやかなクリスタルガラスを手に取り、何を思うだろう。クリスタルの輝きと同じくらいの栄光(と挫折)を振り返りながら、お酒を楽しんでいるだろうか。母譲りの日本酒愛があるとしたら、諸国漫遊地酒旅でもしているはずである。

●著者プロフィール

取材・文/笹森ゆうみ

ライター。蕎麦が好きで蕎麦屋に通っているうちに日本酒に目覚め、同時にそば猪口と酒器の魅力にとりつかれる。お酒、茶道、着物、手仕事、現代アートなど、趣味と暮らしに特化したコンテンツを得意とする。