小さきものはみなうつくし。棚からバカラちゃん現る。【酒器も肴のうち】

お酒をつぐ器、お酒を飲む器。酒器に思いを巡らせると、気になってくるあの人のお気に入りやコレクション、あのお店のセレクション。酒器を愛でて一献傾けるのが好きなライターによる酒器折々、酒器こもごも。

小さきものはみなうつくし。棚からバカラちゃん現る。【酒器も肴のうち】
食楽web

『酒器も肴のうち』第21献は先週に引き続き、陶芸スタジオ「陶房かたち」主宰のなかじまなつこさんと酒器トーーク。

 前回、金属を金槌で叩いて加工する「鍛金」という伝統的な技法でつくられた錫の酒器の圧倒的な存在感にすっかり魅了された筆者。話を聞くにつれ、その工程、その作業、その現場を見てみたい! できることならその器でお酒を飲んでみたい! と強く思い、今月末開催される金属(銀、銅、錫)の酒器で日本酒を味わうイベントに参加表明! こちらのレポートもお楽しみに。

 さて、なかじまさんにはもうひとつ、愛用している酒器があった。あまり適した言い方ではないが、棚ぼたともいうべき発掘感があり、きっと宝物って日常のとても身近なところに隠れているんじゃないかなと思わせるようなエピソードを聞いた。

「祖母の遺品を整理しているときに、新聞紙に梱包されたグラスがたくさん出てきたんです。程よい重みがあって、いわゆる量産のグラスなのかいくら磨いてもピカピカにならない(笑)。レトロな表情も味があるし、丈夫そうなので気兼ねなく使えるかなと思っていくつか残しました。

 ただ、それらとは明らかに隔たりのある場所にひとつだけ別な包みがあって、開いてみたらとっても可愛らしい小さなショットグラスでした。裏底を見ると“BACCARAT FRANCE”のマーク!」

 どれどれ…? 親指と人差し指さえあればつまめる、ともすると試飲カップほどの小ぶりなショットグラスの裏底を見ると、うっすらとバカラの刻印が確認できる。

 いまさら説明するまでもないがバカラといえば各種グラスをはじめ、花器やオブジェに至るまできらめきと共に王侯貴族たちに愛され、“王者たちのクリスタル”とも呼ばれたグラスウェアブランド。小さきグラスがここでどのくらい眠っていたかは定かではないというが、棚ぼた的発掘感というか掘り出しもの感がありあまる。遺品の類をそんな風に言うべきじゃないと思いつつ。

「おそらく祖父のものだと思います。私が知る限りそんなにお酒を飲んでいたイメージはないのですが、若いころは強かったらしいです。バカラのマークを見つけて、こっそり自分用にしちゃいました。くすねたっていったらいいのかな、ふふふ(笑)」

 丈夫そうな量産グラスと比べると、薄くて繊細。軽々しく持つのは怖いし、慎重に持たなければという気にさせられる。

「サイズからしてリキュールグラスなのかな。これでアイリッシュウイスキーをちびちび飲んだりします。みんなで集まって日本酒を飲む時は、これが私専用のお猪口にもなります」

 なかじまさんに見つけられるまで息をひそめていたバカラちゃん(と呼びたくなる可愛さ)。“なにもなにも小さきものはみなうつくし”(なににおいても小さいものはみな可愛い)。清少納言、ごもっとも! と納得していると、カゴいっぱいの酒器の盛り合わせが登場した。これは…?

「知らず知らずのうちに集まってしまった感じ。備前焼は父が買ってきたもの。あとは、叔母が送ってきたものとか。いただいたというより身内の誰かが買ったものや置いていったりしたものがほとんど。イベントの打ち上げなど、人が集まったときに自由に使ってもらっています。で、私はさっきのバカラ」

 酒器それぞれが「私のことも聞いてよ」という顔をしていて、後ろ髪を引かれる思いだが、ここから先は長年土に触れてそれを生業としてきたなかじまさんに託すとして、今回はこのへんでおしまい。

【酒器FILE 015】 愛用者:なかじまなつこ(「陶房かたち」主宰) *口径34mm *高さ43mm *容量25cc *重量30g
【酒器FILE 015】
愛用者:なかじまなつこ(「陶房かたち」主宰)
*口径34mm *高さ43mm *容量25cc *重量30g

●DATA

陶房かたち

陶房かたち

カフェで使用される別注アイテムの制作と陶芸ワークショップを主軸に、足立区のちいさな絵画スタジオ「ひよこ」との合同展覧会など、地元に密着したイベントを企画・開催する。また、江戸時代に荒川下流域で採取されたブランド土「荒木田土(あらきだつち)」のルーツやロマンに共感する地域メンバーと「土」を感じるプロジェクトにも関わる。

●著者プロフィール

取材・文/笹森ゆうみ

ライター。蕎麦が好きで蕎麦屋に通っているうちに日本酒に目覚め、同時にそば猪口と酒器の魅力にとりつかれる。お酒、茶道、着物、手仕事、現代アートなど、趣味と暮らしに特化したコンテンツを得意とする。