思いがけず譲り受けたぐい呑。これでコップ飲みは卒業かな。【酒器も肴のうち】

お酒をつぐ器、お酒を飲む器。酒器に思いを巡らせると、気になってくるあの人のお気に入りやコレクション、あのお店のセレクション。酒器を愛でて一献傾けるのが好きなライターによる酒器折々、酒器こもごも。

思いがけず譲り受けたぐい呑。コップ飲みは卒業かな。【酒器も肴のうち】
食楽web

 愛用の酒器について語っていただく【酒器も肴のうち】。酒器にまつわるエピソードはもちろん、日本酒のことに話が及ぶのは常。お気に入りのお酒があったら教えてください、ということにも当然なるし、その逆もしかりだ。なかなか本題にたどり着かないのがお約束の酒器トーーク。

 第26献にご登場いただいたのは、アクリル絵画の作品を中心に、印刷した透明フィルムを幾層にも重ねたインスタレーションや舞台美術などにも携わるアーティストの鍵井保秀さん。お酒の話からスタートです。

「日本酒は大学生の頃から馴染みがありました。いろんなお酒を飲んできて、今は日本酒とワインに落ち着いたかな。ワインにはドライいちじくとオリーブとピクルスが三強。とくに美味しい手作りピクルスを出してくれるお店は高得点ですね」。ワインに限らず、そのお酒に合う三種の神器ならぬ、三大肴を聞くのも個人的に楽しい。では、日本酒のときは?

「野菜があればいいですね。個展などで上京した際、よく足を運ぶお店はありますよ。日本酒も豊富で、三浦直送の鮮魚と鎌倉野菜が美味しいお店です。家で飲むときはこれといって決まったつまみはないですが、強いて言えば乾物のふぐや小アジのみりん干しとか」

 鍵井さんは京都・舞鶴在住。日本海の海の幸が食卓に登場するのは当たり前だという。なんとも羨ましい限りだが、そろそろ本題に…。

「実はつい最近まで自宅ではもっぱらコップ飲み派でした。確か、亡くなった母が気に入っていた酒器があったはずなんだけど…」と思っていたのは家族の中で鍵井さんだけだったようで、もうすでに家にないと知ったのは最近のこと。そして、コップにとって代わるぐい呑と出会ったのも、つい最近のことだという。えっ、出会ってほやほや?

「はい、ほやほや(笑)。数ヶ月前、ぐい呑が欲しいなと思っていた時、譲っていただいたんです。よかったらコレあげるよと、ヒョイと手渡されて」。思いがけない贈りものということもあり、手渡された瞬間、妙に親しみを覚えたという。

 外側はゴールドがかったダークブラウン。内側はターコイズブルーに映るが、外側、内側とも照明によって微妙に見え方が異なる。自然光で見るとブルーの青さが際立ち、また別な表情を見せてくれるぐい呑を手にして「なんとも不思議な魅力があるんですよね。陶芸はあまり詳しくないんですけど…(笑)」と、鍵井さん。

 鍵井さん同様、作陶の技法や釉掛けがなんであるかなど、筆者もピンとこず、むしろお構いなしなのだが、贈り主の方にお話を伺うことができた。

 ぐい呑の贈り主は群馬・渋川にある“ギャラリー庵(いおり)”のオーナー箱田努さん。いわく「名のある陶芸家に師事して作陶している知り合いが作ったものです。長いこと趣味で陶芸を楽しんでいる人で、私が気に入ったものや、作り手がコレどうぞというものなど、ことあるごとにいろんな器を譲り受ける、そんな間柄です。このぐい呑もそのうちのひとつです。私自身、お酒をたしなまないのでこのぐい呑は花入れとして使っていました」

 所有する人によって酒器が花器になるという話は以前もあった。酒器として作られたものが花器として使われ、別な人の手に渡り、やがて酒器となる。鍵井さんは譲り受けてすぐにコップ飲みからぐい呑に切り替えてたそうだが、普段はどんなお酒を?

「地方に出かけたときに地酒を買ったりしますが、日本酒は頂いただきものが多いです。あとは、義理の甥が居酒屋をやっているので新入荷や珍しいものを試飲したり。

 京都の大徳寺の門前に酒屋さんがあって、そのお店のオリジナルの大徳寺銘酒“雪紫”というお酒は気に入っています。大徳寺の中にある大仙院が好きでたまに行くのですが、行くたびに立ち寄ってお酒を調達しています」

 大徳寺といえば茶の湯の世界と深い縁があり、千利休はじめ多くの茶人ゆかりの地。お酒の次にお茶が好きな筆者、危うく脱線しそうになったが、ぐっとこらえつつ、その昔に一度だけ訪れた大徳寺に想いを馳せるのだった。そう、大徳寺といえば大徳寺納豆。これもまた佳肴である。

【酒器FILE 018】
愛用者:鍵井保秀(アーティスト)
*口径50mm *高さ57mm *容量65cc *重量94g

●DATA

鍵井保秀

鍵井保秀

アクリル絵画を中心に、プリントした透明フィルムを使ったインスタレーション作品を継続して発表するかたわら、オペラやバレエの舞台美術などにも携わる。

●撮影協力

Cafe de Diana Galler

Cafe de Diana Gallery

住:東京都渋谷区神宮前1-8-6 ダイアナ原宿店2F
TEL:03-3402-8211
営:11:00~20:00(L.O.19:30)
休:無休

●著者プロフィール

取材・文/笹森ゆうみ

ライター。蕎麦が好きで蕎麦屋に通っているうちに日本酒に目覚め、同時にそば猪口と酒器の魅力にとりつかれる。お酒、茶道、着物、手仕事、現代アートなど、趣味と暮らしに特化したコンテンツを得意とする。