贈り主と持ち主にしかわかりえないエピソードこそ佳肴である。【酒器も肴のうち】

お酒をつぐ器、お酒を飲む器。酒器に思いを巡らせると、気になってくるあの人のお気に入りや、あのお店のセレクション。酒器を愛でながら一献傾けるのが好きなライターによる酒器折々、酒器こもごも。

贈り主と持ち主にしかわかりえないエピソードこそ佳肴である。【酒器も肴のうち】
食楽web

『酒器も肴のうち』第42献は、前回に続いて「さかな庵 澪つくし」店長・布上智範さん愛用の酒器を拝見させていただく。

 錫製のぐい呑ふたつ。形は異なり、上下が重なりあって一体となるようにデザインされていて、入れ子のようなぐい呑のセットだ。結婚のお祝いでいただいたものだという。

 世の中、結婚祝いに酒器を選ぶ人はどれほどなのだろう。筆者も友人の結婚祝いに揃いの酒器を贈った経験がある。そしてその逆もあるが、当時は日本酒よりワイン党だったこともあり、食卓では二軍扱いだった。申し訳なく思っていたが、今ではそのぐい呑は一軍のレギュラー選手だ。

「ふたつ重ねてコンパクトに収納できるのもいいですよね。割る心配もなく、アウトドアにも向いているよと贈ってくれた人も話していました。持ち運んで使うシチュエーションを考えたことはなかったですが、いずれ」(布上さん・以下同)

 酒器を前に、自然な流れだが贈り主の話になる。贈り主は布上さんが人生の師匠と仰ぐ方で、年上に憧れていた若かりし頃に、食事のマナーやレディーファーストの心得に始まり、お酒や映画にいたるまで、大人の流儀のなんたるかや、物事の本質を大切にすることを教えてもらったという。

 錫の酒器を愛用している方は多く、これまで当コラムでも何度となく紹介させてもらった。錫ならではの熱電導率の良さや、雑味が抜けておいしく味わえることもお伝え済みなので割愛する。どしりとした重量感とシルバーに輝く高級感は共通しているが、共通しないことといえば酒器のデザインと愛用者の使用感、そしてなにより使うときの思いである。人生の師匠とのエピソードを重ねる瞬間がこの錫のぐい呑から垣間見えるような気がした。

「杉製、ガラス、焼きものなど、いろいろな酒器がありますが、素材でいうなら錫のぐい呑は温度を感じやすいですし、お酒のミネラル感を味わえる気がします。重みがあるせいか、クイクイというよりはじっくりお酒を飲みたい気分のときに似合う酒器ですね」

 さて、錫の重厚な表情とはうってかわって、ガラスの酒器セットが登場した。やはりこちらもいただきものだそう。いただきものの酒器セット、どんだけ~! と思いながら、柔らかな揺らぎと透明感のある涼やかなガラスの美しさに見とれる筆者なのであった。

●INFORMATION

さかな庵 澪つくし

さかな庵 澪つくし

昨年6月オープン。日本全国津々浦々の魚介を使ったこだわりの「さかな料理屋」。姉妹店の北参道「ボガマリ・クチーナ・マリナーラ」同様、ショーケースには鮮度抜群の食材が並び、店内の一角は鮮魚店の佇まい。お好みの食材を選び、お好みの調理法でオーダーできるボガマリスタイルがここでも楽しめる。日本酒は常時10銘柄ほど。ワインも豊富に揃う。

●DATA

住:東京都渋谷区渋谷2-10-6 山田青山ビル1F
営:11:30~14:00(L.O.13:30)
  17:30~24:00(L.O.22:00)
休:日曜
TEL:03-6427-1205

●著者プロフィール

取材・文/笹森ゆうみ

ライター。蕎麦が好きで蕎麦屋に通っているうちに日本酒に目覚め、同時にそば猪口と酒器の魅力にとりつかれる。お酒、茶道、着物、手仕事、現代アートなど、趣味と暮らしに特化したコンテンツを得意とする。