名物「かま定食」はウマすぎて感激必至の味わい

いざ、お待ちかねの「かま定食」が運ばれてきました! ふたを開けると現れる、ツヤツヤに輝く黄金色の卵。テーブルまで運ばれる間に、ふたの中で蒸らされることも計算の上でのトロトロ加減です。
頬張ると、いわゆる「親子丼」とはまるで違う食感。たっぷりのひき肉からジュワッとにじみ出る鶏の濃厚な旨味が口中に広がり、ひき肉、卵、ごはんが三位一体となって溶けてなくなっていくようなまろやかさ。

味付けはほんのり甘めでしっかりとした食べごたえ。余計なものを加えず、シンプルに酒とみりんと醤油で味を整えているのだそう。それでこんなに奥深い味わいになるとは! それだけ美味しい鶏肉が使われているんですね。散らされた三つ葉のほのかな苦味がちょうどいいアクセントとなって、タレの甘みと鶏のコクを引き立てています。
しかし、なぜそもそも親子丼にひき肉なんでしょうか? 聞けば、実はこのメニュー、顧客の運転手やお使いの人のために、創業者が考えた「裏メニュー」だったんだそう。主人を待つ間、運転席にいながらサッとかきこんで食べられる、今で言う“まかない”。これが評判を呼び、ランチメニューとして堂々と食べられるようになったわけですね。まかないとはいえ手を抜かず、店自慢のひき肉を提供していたところに、創業者の心意気と矜持を感じますね。
ちなみに、付け合わせの吸い物は、鶏ガラスープ。毎朝2~3時間煮込んで作っているそうで、ソップ炊きの素となっています。滋味深く、喉から腹にやさしく染み渡っていくよう。鶏の臭みなどは皆無。ひたすらに澄み切った味わいです。濃厚な親子丼の箸休めとして相性ももちろんバッチリ。というか、これだけでごはん1杯食べたくなります……。
もう一つの名物・たつた揚げも絶品!

もう一品、「たつた揚げ定食」もいただきました。たつた揚げと言っても、鶏肉に片栗粉をまぶして揚げたものではありません。こちらも鶏肉のミンチに薬味を加えて揚げた絶品料理なのです。サクサクとした衣に包まれた鶏のひき肉にはしっかりと味付けがしてあります。ソースも付いてきますが、まずはそのままいただくのがオススメ。かぶりつけば、鶏ミンチとは思えぬジューシーさに驚くはず。

店主によれば、このたつた揚げの虜になり、家庭で再現しようとチャレンジするファンも多いという逸品だそうですが、家庭ではパサパサしたり固くなったりしがち。こんなに柔らかく鶏の肉汁を閉じ込めて揚げられるのは、一流の料亭の仕事だからこそ。ランチにリーズナブルな価格で味わえるのはものすごくおトクです。
三島由紀夫が最後の晩餐に選んだ店

『末げん』の創業者である丸源一郎氏は、日本橋の「末廣」で修業したのち独立。店名は修業先の「末」と源一郎の名前に由来しています。
昭和45(1970)年11月24日の晩、作家・三島由紀夫は楯の会のメンバー4人を伴い、この末げんで鳥鍋を食しました。帰り際、哲夫さんの妻・武子さんが三島に「またお越しくださいませ」と声をかけたところ、「あの世からまた来るか……」とつぶやいたそうです。翌25日、三島は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺。毎年、命日には多くのファンが訪れ、三島が最後の晩餐として注文した鳥鍋「わ」のコース(1万3000円~)を味わうそうです。

9月24日で81歳になる三代目の丸哲夫さん。現在は大阪で修業をしてきた四代目の敬一郎さんが中心となって板場を切り盛りし、上方の盛り付け方などをとり入れているそうですが、哲夫さんもまだまだ現役。長年、多くの人々に愛され続けてきた理由について聞いてみました。
「“いろんなことをやらない”というのが創業者の教えでしてね。戦前は銀座や新橋にもう一軒、店がありましたけど、戦争で焼けたり強制収用されたりして、今はここだけ。一社一業で、基本をしっかり守っています」(丸哲夫さん)
老舗店、有名店となっても常に初心を忘れない。渾身の親子丼「かま定食」、まさに東京で死ぬまでに一度は味わう価値のある逸品です。
(取材・文◎松みのり)