「工房・仁」のお椀。左が2年、右が5年使ったもの。使えば使うほど艶が出る。 | 食楽web
CLASKA Gallery&Shop DOのディレクターであり、日用品からアンティークまで大の買い物好きで知られる大熊健郎さん。そんな“モノ好き”人間のお眼鏡にかなった、食にまつわるモノとコトを紹介します。
陶磁器は「China」漆器は「Japan」と習ったのは確か中学生の頃だったろうか。当時はなんだか誇らしい気分になったことを覚えている。ただ悲しいかな、海外で漆器のことを「ジャパン!」と言っても全く通じないそうである。実際、海外はおろか日本国内でさえ、漆器離れが進む一方だと言われて久しいのが現実。かくいう私自身も小さい頃から漆器というのがなんとなく苦手だった。あの艶やかに加飾された朱や黒光りするお椀をみると、なんだか現代の暮らしには馴染まないものに思えたからである。
漆器に興味を持つようになったのは大人になってから、それも谷崎潤一郎の「陰影礼賛」を読んだのがきっかけだった。かいつまんで要約すると、漆の艶というのは行燈やロウソクのぼんやりした光の中でこそ調和するものである、というようなことだった。なるほど、日中でも薄暗い日本家屋の中でなら、あの色艶もほどよく空間に調和するかもしれないと腑に落ちる気がしたのである。
とはいえ現代の暮らしのような、どこもかしこも明るく影のないような生活が当たり前になっている世界では、さすがにああいった装飾性は場違いな感じがある。さらなる問題として漆器というのは、見ただけではその価値がプロでも見極め難い部分がある。「漆器」という名の元にお椀ひとつに1,000円くらいのものから50,000円のものまであるから何をどう見て判断すればよいのか困惑してしまうのである。
そんな漆器選びの難しさを感じていた頃、偶然ある百貨店の催事コーナーで見かけたのがこの仁城さんの漆器だった。その形といい、控えめな艶感といい、求めていた漆器に出会ったような気がして思わず手が伸びた。手で触れずにはいられない、そんな雰囲気を醸し出していたのである。
岡山県の南西部、広島との県境にある井原市に仁城義勝さんと逸景さん親子の仕事場「工房・仁」はある。漆器の世界は行程ごとに分業化されているのが一般的だが、仁城さんの工房では原木を仕入れるところから粗挽き、木地作り、漆塗りという全行程を全てひとりで行う。だから一年を通じてそれぞれの作業を行う時期が決まっていて、漆器ができあがるのは秋から冬にかけての年一回。まるで農作物を育てるように作る。加飾を排したこの上なくシンプルな器だが、その最小限の表現の中に野性味と優しさ、気品のようなものを感じる不思議な魅力に溢れた漆器である。
やきものの横に漆器がひとつあることで食卓の豊かさは変わる
●著者プロフィール
大熊健郎
CLASKA Gallery&Shop DOディレクター。1969年東京生まれ。インテリア会社、編集プロダクション勤務を経て2008年CLASKAのリニューアルを手掛ける。同時に立ち上げたライフスタイルショップ、CLASKA Gallery&Shop DOのディレクターとして、バイイングから企画運営全般を手がけている。
http://do.claska.com/