プロの料理人が絶賛する料理の味は?

女性店主ひとりで切り盛りしていて、まるで個人のお宅にお邪魔したような雰囲気。そこで、私もテラス席に座り、スペイン産のスパークリングワイン「カバ イディリクム ブリュット」(グラス650円)を注文。ゆっくりとお料理を選ぶことにしました。メニューは、前菜、温菜、肉料理やパスタ、デザートまで色々ありますが、まずは中東料理の代表的前菜である「フムス」と、アラビア風うす焼きピザ「ザタール」を注文。

登場した「フムス」。ひよこ豆のペーストは穏やかな色で、見るからにクリーミー。その上にたっぷりのゴマとオリーブオイル、そしてタイムやオレガノといったハーブがのっています。薄焼きのピザにも、ゴマやハーブ。そこにフムスをのせて食べてみると、ひよこ豆のほっくりした自然の旨みが生かされながら、スパイスやハーブの風味もきちんと立っていて、後を追うようにレモンの酸味やゴマの香ばしさが口に広がります。のっけからハッと覚醒するようなエキゾチックな味わい。

続いて注文したのが「玉ねぎのキッシュ」。サクサクとしたパイ生地の歯応えに、トロッと濃厚な玉ねぎのフィリング。これにはスパイスやハーブの弾けるような派手さはないけれど、なめらかさや得もいえぬ旨みが押し寄せ、丁寧に調理されていることがひしひしと伝わってきます。噛み締めるたびに幸福感が込み上げてくるような贅沢な味なのです。

他にも「ファラフェル(ひよこ豆のコロッケ)」や「ムサカ」、「チュニジアンプリック」などなど、どの料理も、食材を生かし、食感や香り、味のメリハリなど、全てに置いて繊細で、感激しっぱなし。なぜこんな印象的なお料理が作れるのだろうか……と気になって、女性店主に声をかけてみました。

料理人は梶本泉さん。最初はイタリアンやフレンチなどで研鑽を積み、その後、海外を旅したと言います。バンコクから入りインド、トルコ、ヨーロッパ経由で北欧まで。
「旅する中で、特にトルコの野菜料理に感動しました。東欧のヨーグルトやスパイス、ハーブなどの使い方などにも興味を持ちました。日本に戻ってからもトルコ料理や色々食べ歩き、モロッコ料理屋さんで1年間、修業もしました」
そして2016年、阿佐ヶ谷周辺にはあまりない地中海料理の店を出そうと独立。料理のこだわりを聞いてみると、
「他の料理人の方には申し訳ないくらい、これまでの経験で適当に作ってしまうというか(笑)。そもそも私はレシピを起こさないタイプなんです。いつも、結果的に美味しくできたらいいなと思って作っているんですよ。例えば、玉ねぎ1つとってもその都度、味が違うので調味料や焼き加減も変わってきますし。ただ素材の味を殺さないようにとは思って作っています」

なんだか、お母さんがチャチャッと作っているみたいに話す梶本さん。でも、どの料理も、そして調味料も全てに手間隙をかけていることが感じられる料理ばかり。そこで、 「梶本さんが美味しいと思う基準は?」と突っ込んで聞いてみると、しばし考え込んでから、
「美味しいものを食べ歩いた経験もあるとは思いますが、大元をいえば、子どもの頃、母親がいいものをきちんと食べさせてくれていたからかもしれないですね。手作りの料理ばかりでしたから」
なるほど。そういうわけか、と納得。そういえば、推薦してくれた料理人の彼が『スール』を評して「作り手その人しか作れない個性を強く感じる店」と言っていたのを思い出しました。その意味が、なんとなく分かった気がします。しかし、その個性というのは、写真や文章ではたぶん、いや絶対にわかりません。ぜひ、『スール』の料理を食べて、じっくり感じてみてください。
(撮影・文◎土原亜子)