今、人気急上昇の「貴醸酒」とは?その蔵元を訪ねる【古酒店主の蔵元探訪】

貴醸酒はなぜ甘い?

今、人気急上昇の「貴醸酒」と、その蔵元を訪ねて。【古酒店主の「蔵元」探訪】

 ところで貴醸酒はなぜとろりと甘く、深みがあるのでしょうか。

 日本酒の醸造工程というのは、世界的に他の酒類と比べると作業行程が多く複雑で、日本人らしい高い技術力に支えられている酒と言われています。

 お酒を作る工程で「三段仕込み」という耳にしたことがあると思いますが、貴醸酒は、この三段仕込みの最終段階で水を使わずに日本酒を使います。つまり、貴醸酒が1本出来上がるまでに、丹念な仕込みプラス、コストもかかる非常に贅沢なお酒なのです。

 お酒が甘くなる理由は、日本酒を加えることで、アルコールを生み出す酵母が酔っぱらい糖分が分解されずそのまま酒中に残ることからです。人も菌も「飲めば仕事にならず」というのは共通のようです。

酒造りはやっぱり愛だ!

 華鳩や清盛を含め、榎酒造の酒造りについてもお話を伺いました。

 現代、醸造技術が発達してくると効率的な酒造りが浸透し、すべての作業を人の手で行う必要がなくなりました。榎酒造でも様々な醸造機材を試したり、行程を見直したりと常に新しいことにチャレンジしていますが、どうしても人の手で行わなければ納得のいくお酒ができないことがあるそうです。

 日本酒の原材料であるお米は、「甑(こしき)」という、家庭で使う蒸籠を1000倍にしたような大きさの蒸し器で蒸します。蒸した後は行程により麹室(米麹を作る部屋)や仕込みタンクなどと行き先が違いますが、現在ではエアシューターという高圧の送風機でダクトを通して米を運ぶことができます。

 榎酒造でも一時は使っていましたが、空気に触れる時間や、そもそも空気以外のものに接触するなど、どうしても味に変化が出ることから使用をやめ、今では全て人の手で運んでいます。
 製麹(麹を造る行程)では、70℃前後の米を20kg背負って2階まで、何往復も担ぎ上げます。お米を放熱した後は麹室に運ばれ、夜通し2時間おきに細やかな温度管理を行いながら麹造りを行います。
 これが、全行程のまだまだ初期であることを考えると、日本酒造りは体力が必要と言われる意味がよくわかります。

 そしてこれは、機械化への排他的な考え方ではなく、こだわりの味を作り出すための、知識や技を発揮するためであることを思うと、榎酒造さんの酒造りは、本当に愛に溢れているのだなと感じます。

今、人気急上昇の「貴醸酒」と、その蔵元を訪ねて。【古酒店主の「蔵元」探訪】
20kgの米を担いでこの階段をのぼる。

 今回は貴醸酒を中心に紹介いたしましたが、純米吟醸酒はもとより、生もと造りのお酒、杜氏が育てた米を使った酒造りなど常に新しいことに挑戦しながら愛のある酒造りをしている榎酒造のお酒を是非お試しください。

●著者プロフィール

薬師大幸

「いにしえ酒店」店主。著者の家系に酒飲みが居たという話は聞いたことが無く、本人も生ビール中ジョッキなら2杯、日本酒であれば2合が限界。量は飲めないが酒は好き。酒好きの下戸(げこ)が「2合」をいかに楽しむかとたどり着いたのがゆっくり楽しめる日本酒の古酒・熟成酒だった。日本酒ブームと言われる中でも熟成酒はマイノリティーなジャンル。少しでも多くの人にこの魅力を感じてもらうため、2016年11月に杉並区方南町に「日本酒の古酒・熟成酒専門の酒屋 いにしえ酒店」をオープン。