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「酒好き」にだって、好きな酒と嫌いな酒がある。何でもいいから酔えばいいというものではない。さまざまな世界で活躍する左党の「好きな酒」について聞く「私の好きな酒」。今回は、3歳から歌舞伎の世界に入り、55年のキャリアを持つ歌舞伎役者・片岡市蔵さん。
歌舞伎役者としての
酒との付き合い
10年くらい前までは、種類や銘柄にこだわらず、ありとあらゆるお酒をガブガブ飲んでいたという片岡さん。「毎日意識不明になっていたくらいです(笑)。それでも、とくに体を壊したこともないし、舞台を休んだことは1度もありません。39.5度の高熱で震えていようが、膝や腰が痛くて脂汗が舞台に立ちますから、二日酔いくらいではなんともありません」
そんな酒豪も、年齢とともに、少し、酒量を減らしたという。
「ほぼ毎日、公演で体の隅々まで動かすので、体の変化に敏感なんです。たとえば声。若い頃は一息で言えた長いセリフが、途中で息つくようになったりすることも出てきました。声は舞台役者「命」なので、去年から喉の筋肉を鍛えるために、基本に戻ってお謡いの稽古や腹筋などのトレーニングをしています。でも、やはり普段からのメンテナンスや節制は大事なので、少し、考えてお酒を飲むようになりました」
本当は、日本酒やワインが大好き。でも片岡さんにとってはちょっと危険な酒だという。
「日本酒はつい飲み過ぎて腰が抜けちゃうし、ワインは、たいてい記憶をなくしちゃう。僕にとっては危険な酒です。調べたら、2つとも醸造酒だから、複数のアルコールが含まれていて、体内で分解する標的が複数あるので大変なんでしょうね」
公演先で出会った
本当に旨い酒とは?
1年の1/3は、地方公演でホテル住まい。そんな時の楽しみは、地方ならではの料理とお酒。行きつけの店がない時は、地元の人やタクシーの運転手さんの口コミを頼りに店を探すという。
「最近だと、公演で石川県の加賀温泉に行った時にいただいた農口酒造の『山廃純米 農口』はとても旨かったですね。濃厚で、米の甘味が残っていて、とても好きな味でした。僕は、大吟醸や冷酒は飲まないんです。洗練され過ぎていたり、スイスイ飲む酒よりも、「くっ」と何かひっかかってくる個性がある酒がいい。
まさに「農口」の山廃はそんな酒でした。飲み過ぎに注意と思ってましたが、やっぱり飲みすぎて記憶を失い、気づいたらホテルの部屋で寝ていたんですが、しっかり「農口」だけは持って帰ってきていた(笑)。東京では簡単には手に入らないかもしれませんが、また飲みたいなぁと思っている酒です。