私の勝手な妄想からオープンした『妄想食堂』。料理人でも料理研究家でもない私、尾仲好太が、これまで食べ歩いた店の味の中で「これは旨い」と思う“味の再現”を目指し、試行錯誤しながらアルバイト店員ユースケと今日も日替わり定食を作ります。
二子玉川の定食屋『たぬき』の味を目指して
ユースケ:店長、さっきから、何してるんすか?
主人:牛スジを洗ってるんだ。
ユースケ:なんか、さっきから同じことを繰り返してますよね?
主人:牛スジってのはアクと匂いが強いから、下茹でした後、1つ1つ丁寧に水洗いをするんだ。それを3回繰り返すんだよ。今、3回目だ。
ユースケ:うわ、大変っすね。で、今日はいったい何を作るんですか?
主人:「牛スジの煮込み」だよ。
ユースケ:おお、珍しい。酒の肴ですね。
主人:いやいや、「牛スジ煮込み定食」だ。煮込みは最高にメシに合うおかずでもあるんだよ。二子玉川に『たぬき』っていう定食屋があるんだが、あそこの「煮込み定食」は、まさに飯が止まらなくなる絶品定食なんだよ。
ユースケ:で、俺は何をすればいいんすか?
主人:こんにゃくを塩茹でして、その後、手でちぎってくれ。
ユースケ:は~い。簡単ですね。
主人:俺は、牛スジの下処理が終わったから、食べやすい形にハサミで切って、圧力鍋に入れる。え~っと、タレの味付けは、醤油・みりん・酒・水とニンニク、皮むきにした針生姜と韓国調味料の「ダシダ」。
ユースケ:毎回、思うんですが、店長は、調味料の分量は何を参考にしているんですか?
主人:そうだな。店で食べるだろ。その時に、入ってる調味料を想像するんだ。そして、作るとこも妄想する。そしてやってみる。舌の記憶を頼りにして、何回か繰り返すんだ。納得いくまでな。
ユースケ:へえ、すごいっすね……トントン……
主人:おい、おい、こんにゃくは包丁で切ったらダメだよ。手でちぎるんだよ。
ユースケ:え? 包丁で切った方がきれいじゃないですか?
主人:こんにゃくは、手でちぎるのがいいんだ。不揃い感と断面がたくさん生まれて、タレや味付けがうまく絡みやすいし、不揃いだからこそ、味わいも一辺倒にならない。同じタレで煮ても、一口ずつ、味に変化が生まれて、それが楽しいんだよ。
ユースケ:なるほど!
主人:さあ、圧力鍋の圧がかかってシュルシュル音が出始めたら15分。圧が抜けて、こんにゃくをそこに投入して、弱火で水分を少し飛ばす。こうするとこんにゃくにも味が染みていくんだ。
ユースケ:お、早々に出来上がりですね。
主人:おいおい、まだだよ。この牛スジ煮込みは一晩寝かして、脂が固まるから、それを取り除く。さらに、火入れをして、合わせ味噌を少しずつ入れるんだ。その味噌の量は、味見しながら決める。