お酒をつぐ器、お酒を飲む器。酒器に思いを巡らせると、気になってくるあの人のお気に入りや、あのお店のセレクション。酒器を愛でながら一献傾けるのが好きなライターによる酒器折々、酒器こもごも。

『酒器も肴のうち』第40献は先週に続き、SSI認定日本酒ナビゲーターの資格を活かし、インバウンド関連のボランティアガイドやワークショップなどに携わる麿律子さんにおつきあいいただく。
前回ご紹介した麿さん愛用の酒器はアメリカ・コロラド州のストラナハン蒸留所で手に入れたテイスティンググラス。実際扱ってみるとほどよい重量感、手になじみよいフィット感やサイズ感が心地よくて気に入ってしまったのはご本人よりも筆者の方だった。ウイスキーだけでなく間違いなく日本酒の酒器にお誂え向きと実感した。

今回は麿さんお気に入りの酒器をもう2種ほどご紹介する。まずは優しい薄桜色のガラスの猪口。前述のグラスとは真逆で可愛らしい印象。
「今年初めに奈良を訪れ、清酒発祥の地ということで日本酒ゆかりの場所を巡りました。このお猪口は地元の春鹿醸造元で利き酒セットをいただいたときのお土産。ピンクの色合いと猪口の底の鹿がなんとも乙女チック」(麿さん・以下同)

酒蔵見学や蔵元のノベルティの類いには蔵元名や代表銘柄、ロゴなどが記されたものが多いという印象だが、この猪口にはそれがない。立体的なカットが施されたきれいなガラスの猪口の底に鹿があしらわれているだけ。鹿好き(笑)にはたまらないし、動物モチーフの酒器を集めているという人にもウケがよさそうだ。そしてもう1種の酒器はユニークなこちら。
「日本酒好きの人に酒器をプレゼントすることもあります。これは底に小さな穴があいていて、一度お酒を注がれたら飲み干さないと下に置けないお猪口。さすがに一人で飲むのには向いていない酒器ですが、面白いのでお酒好きの友達にも贈りました」

お酒を飲まない向きには何の意味があるのか首をかしげるかもしれないが、左党なら知る人も多いのではないだろうか。穴あきや底がとがった猪口や盃などは高知・土佐の伝統的なお座敷遊びで用いられるもので種類もさまざま。可杯・可盃(べくはい)、空吸(そらきゅう)といい、お酒の場が盛り上がる遊び心ある酒器は個人的にそそられる。
さて、地元宮城が活動拠点の麿さん。ありあまる地元愛からか、お酒も地産地消とばかりに地酒推し。なかでも大崎市にある「一ノ蔵」の「立春朝搾り」には特別な思い入れがある。毎年、同蔵で開催する立春朝搾りの行事にも参加するほどで、聞けばこの日は麿さんの誕生日なんだそう。

「自分の誕生日の朝に絞った特別なお酒があるというだけで、日本酒好きとしては嬉しいし幸せなことです。毎年、自分への誕生祝いと、両親への感謝を込めて2本入手するのがお決まりになっています」

今年は「立春朝搾り」にありつけずに終わった筆者には、いろんな意味で羨ましい話だ。そして、自らの誕生日に両親へ贈る1本。心温まるエピソードでほっこりしながら、そろそろ花見酒の準備でも、と思う春分の日であった。
●撮影協力
「地の酒しん」
●著者プロフィール
取材・文/笹森ゆうみ
ライター。蕎麦が好きで蕎麦屋に通っているうちに日本酒に目覚め、同時にそば猪口と酒器の魅力にとりつかれる。お酒、茶道、着物、手仕事、現代アートなど、趣味と暮らしに特化したコンテンツを得意とする。