ある朝、目を覚ましてふとんの中で突然、「そうだ、シンガポール行こう」。そう思いました。
生きてたら誰しもそういう瞬間ってありますよね。理由なんてありません。旅と恋って衝動的なものじゃないですか。有名な紀行小説『深夜特急』の沢木耕太郎だって、ある日、突然ユーラシア大陸を横断し始めたじゃないですか。
「なぜユーラシアなのか、なぜバスなのか。確かなことは自分でもわからなかった。ただ、地球の大きさをこの足で知覚したかったのだ――」(新潮社サイトより)
そう、旅に理由なんて必要ない。『男はつらいよ』の寅さんのように、アテもない旅にふらりと出かけるのがカッコいい大人です。逆に言えば、計画的で理由ありきの旅は打算的でつまらない人間がするもの。沢木耕太郎さんに暗にそう言われている気がしてなりません。
しかし残念ながら、筆者には明確な目的があったのです。冒頭、まるで急に思い立ってシンガポール行きを決意したような書き方をしましたが、あれはウソです。むしろ何日も前から楽しみにしていたことを白状します。しかも厳密に言えば、行き先はシンガポールでもなく、埼玉県にある西武秩父駅でした。本当にすいません。
なぜ西武秩父駅に向かったのかといえば、西武鉄道がシンガポール政府観光局とコラボして運行する特別列車「52席の至福×シンガポールトレイン」に乗って、特別なシンガポール料理を食べるため。旅する理由しかありません。そして筆者が打算的でつまらない人間だったとしても、この列車旅がつまらないわけがないのです。