
映画を観ているとき、料理や食事のシーンに引き込まれて、無性に食べたくなること、ありますよね? そんな「おいしい」映画を紹介する連載です。
大繁盛する偽装クッキー店
日本人が煎餅を食べるように、アメリカ人はクッキーをよく食べる。NYCを歩くと、デリのショーケースにたくさんのクッキーが並ぶのを目にする。その中には、ピンクとか水色とか悪趣味にも思えるものもあるが、寒い冬の日にホットコーヒーと一緒に食べると、これがおいしい。甘さが体に染み渡る。そして、クッキーを食べるたびに思い出す映画が、『おいしい生活』だ。
レイ(ウディ・アレン)をリーダーとする犯罪一味は、元ピザ屋の空き店舗の地下室からトンネルを掘って、銀行強盗を計画中。だが、間抜けな彼らの計画は迷走。いつまでも空き店舗のままだと周囲に怪しまれる。ということで、急きょ、妻フレンチー(トレイシー・ウルマン)が看板娘となり、クッキー屋を始める。なぜ、クッキー屋かというと、彼女がクッキーと肉団子入りパスタしか作れないから。
強盗のカモフラージュとして始めたクッキー屋だが、大繁盛店に。ついには全米にクッキーを出荷する菓子メーカーとなり、レイたちは、思わぬかたちで大金持ちになる。
テレビでダイアナ妃の動向をチェックするのが日課だったフレンチーは、セレブの仲間入りを果たす。自宅に一流シェフを呼び寄せ、ゲストたちにエスカルゴやトリュフなどの豪華ディナーをもてなしたり、絵画や前衛舞踏を鑑賞したり。一方、レイはそんなセレブの生活にはうんざりしている。
フレンチーが若い美術商と一緒にボルドーとブルゴーニュの試飲中に、レイは仲間たちとタバコの煙が立ち込める部屋でピザとビールを手に取りながら、賭けポーカーを楽しんでいる。
金持ちって楽しいの?
このように『おいしい生活』では、食を通してチンピラとセレブの日常が対比的に描かれているが、極めつけのシーンがある。
「女房はカタツムリやカエルやウサギを食べて喜んでいる」と嘆くレイが自宅で、ポップコーンをペプシで流し込みながら、映画『白熱』を見ている場面だ。
『白熱』は、マザコンギャングが人殺しを繰り返し、最後はガスタンクで大爆発するという史上最狂の呼び声が高いB級ギャング映画。教育上よろしくないシーンの連発なので、セレブな読者諸兄姉は、絶対に子どもに見せてはいけません。でも、チンピラ体質のレイはそっちが好み。
そして、レイは自問する。
「金持ちで幸せ? 金持ちで楽しい?」
その答えは「最悪だ」。「オレは化学調味料たっぷりのぎとぎとチャイニーズとチーズバーガーが食べたい」と。
チンピラ稼業に戻りたいレイ、セレブ化するフレンチー。すれ違う二人は、また一緒に、仲良く肉団子入りパスタを食べられるのだろうか。
「おいしい生活」の原題は「Small Time Crooks」。日本語に訳すとチンピラ一味。小悪党たちの食卓は、いつも愉快痛快なのだ。
●INFORMATION
『おいしい生活』(公開:2000年)/監督:ウディ・アレン

自称・天才犯罪者レイ(ウディ・アレン)は仲間とともに金庫略奪を企てる。計画をカモフレージュするために、1階で妻フレンチー(トレイシー・ウルマン)がクッキー屋を始めるのだが、長蛇の行列ができる話題の人気店に。さらにフランチャイズ化にも成功。レイとその仲間たちは、予期せぬかたちで、大金を手にすることになる。憧れのセレブ生活が始まるが……。
(文・大崎量平 イラスト・箕輪麻紀子)