マッキー牧元の記憶の三ツ星食堂|名古屋・大須の『岡ちゃん』の名物“とんちゃん”の思い出

マッキー牧元の記憶の三ツ星食堂|名古屋・大須の『岡ちゃん』の名物“とんちゃん“の思い出
食楽web

老舗から新店まで、新たな味と人との出会いを求め古今東西を駆け巡るマッキー牧元さん。そんなタベアルキストが、現在までに出会ってきたさまざまな店や料理の、今は味わうことが難しい“幻の味”の記憶をひもとく。

 大須は、名古屋駅から地下鉄で南へ6分ほど行った街である。下町の色合いを強く残した庶民の町で、飲食店も気取りがない。

 「御幸亭」の、ハヤシライスやトンテキ定食、「キッチントーキョー」の大正かつ定食もいいし、「角屋」もいい。「角屋」は、それこそ商店街の南角にある店で、通りまではみ出したカウンターで、肝、トン、とり玉、初、うずら、スズメなどを、うまそうに頬張る男たちでにぎわっている。しかもほとんどの串が百円以下で大ぶりという、この街のたくましい生命力を表している店だといえよう。

 しかしこの地には、さらなる生命力を発散させている店があった。「岡ちゃん」である。「角屋」のある商店街からほど近く、店のまばらな住宅街の、薄暗く細い路地に赤提灯を出していた。と行っても井原なけらば、誰も気がつかないような路地である。

 店は、夏も冬もと外との間仕切りが無く、開けっ放しで、常にもうもうたる煙に包まれていた。頑固でございと顔に書いてある親父と奥さんの老夫婦二人が、むっつりと出迎える。名物は「とんちゃん(豚の大腸)焼きである。壁には「心臓」や「きも」と書かれた短冊が下がっているが、誰も頼んでいる様子はない。右も左も「とんちゃん」である。

 連れて行ってくれた知人によると、頼むとなぜか怒られるのだそうである。何度か通った後日、勇気を出して頼んでみたことがある。すると怒られはしなかったが、明らかに親父は不機嫌な顔をした。

 心臓や肝は、それぞれに鮮度の高さを感じさせる歯ごたえがあって、ほの甘さも滲んでいたが、結局いつもの「とんちゃん」を何皿も頼んでしまった。
 さてその「とんちゃん」であるが、「上」と「並」がある。品書きには明確に提示されているのだが、見ていると、誰も「上」を頼んでいない。これもある日、勇気を奮って、「上ください」と頼んでみた。

 しかし。「並にしな」。という親父の一言で却下されてしまうのである。だからこの店の流儀は、こうである。席に座るなり、「ビール三本、八皿」。これだけでいい。すると小皿に入れられた「並とんちゃん」が八皿と、ビールが出てくる。大抵ひとり最低六皿は平らげるので、最初はこれくらいがいい。

 なにしろ一皿二百円であるから、気兼ねなく頼める。運ばれたら、両の手に小皿を持って、無造作に焼き網の上にぶちまける。遠慮も戸惑いもなく、ともかくぶちまける。
 「ジュッ! ジュッ!」 焼き網に触れたとんちゃんが音を立て始めるが、構わず全部ぶちまける。目の前は、山となったとんちゃんが、うずたかく盛り上がる「とんチョモランマ」状態である。

 さらにはその上から。別さらに入った唐辛子粉をこんもりとのせる。これら一定の儀式の中で、この「こんもり」というのが最も重要で、このタイミングでビビッて、パラパラと降りかける程度では醍醐味は味わえない。
 最初は辛味に自信のあった僕でさえ、恐れた。大丈夫かと震えた。だが引率者である知人は、制止しようとする僕を拒み、不敵な笑いを浮かべながら、唐辛子粉を降り続けるのであった。
 周りを見れば、他の客もこんもり派である。赤い雪を抱いた山々が連なりながら、威勢のいい音を立てている。

 こんもり作業が終わると、山を突き崩し、混ぜ合わせ、一面に広げていく。隠して山は、真っ赤なホルモンの海へと変身するのである。
 赤い海に恐る恐る箸をつける。だが意外にも辛くない。いや辛いのだが辛すぎない。韓国唐辛子を使っているせいもあるのだろう。でもその前に、辛味がホルモンの甘みを引き出していて、辛く感じないのである。

 とはいってもこの量である。食べ進めば自ずと、口腔内が激しく痛めつけられ、火事を伴って、ハヒ~となる。そこですかさずビールの出番である。
 グビッといけば、ホルモンがまた食べたくなる。合いの手のきゅうりの古漬けも絶妙で、ガリッといけば、ホルモンがまた食べたくなる。

 ハヒー、グビッ、ガリッ。ハヒー、グビッ、ガリッ。こうして大須の夜は更けていく。

イラスト◎死後くん

●著者プロフィール

マッキー牧元 プロフィール

マッキー牧元

タベアルキスト。『味の手帖』編集主幹。食と作り手への愛が溢れた文章と肉1kgをたいらげる喰いっぷりにファン多数。立ち食い蕎麦からフレンチ、割烹まで、守備範囲は広い。近頃は本誌『食楽』誌上で名料理人ぶりも披露している。