マッキー牧元の記憶の三ツ星食堂|有楽町ガード下の名店『ミルクワンタン鳥藤』

マッキー牧元の記憶の三ツ星食堂|有楽町ガード下の名店『ミルクワンタン鳥藤』
食楽web

老舗から新店まで、新たな味と人との出会いを求め古今東西を駆け巡るマッキー牧元さん。そんなタベアルキストが、現在までに出会ってきたさまざまな店や料理の、今は味わうことが難しい“幻の味”の記憶をひもとく。

 今から30数年前の話である。

「有楽町のガード下に、ミルクワンタンという、牛乳入りのスープにワンタンが入った、奇っ怪ながら、何とも言えぬうまい料理があるんだよネ。一度、騙されたと思って食べてみな」

 この手の話は気をつけたほうがいい。話にのせられて食べると、言葉通りに騙されてしまう。友人からこの話を聞いたときにもそう思った。 だいたい“ミルク”という点が怪しいではないか。

 どうも世の中には、妙な「牛乳好き」が多いようで、牛乳鍋、牛乳茶漬け、牛乳酒、牛乳風呂(これは関係ないか)などを、愛好する輩がいる。僕自身、牛乳を温めたときの匂いがあまり得意ではないので、なおさら食指が動かない。動かないのだが、聞いたときに浮かんだ奇妙なイメージは、常に頭の片隅に残っていたようで、ある日有楽町でたまたま時間が空いたとき、急に思い出した。

 悩んだが、食べてみる決意をした。嗜好より、好奇心が勝ってしまうのが、僕の悪い食癖である。

 店は、昭和の闇市の雰囲気を残す、昼でも薄暗いガード下にあった。闇の中で「ミルクワンタン」、と明確に意思表示した看板が、うっすらと光っている。

 出来ますものは四種類。ミルクワンタン、焼飯、モツライス(鳥モツ、玉葱、人参のスープで煮込み)、半モツ焼飯である。半モツ焼飯には、強烈に心を揺さぶられたが、ここは初心貫徹、意気揚々とミルクワンタンを頼んだ。

 作る様子を見ていると、中華丼に入れた牛乳入りスープに、茹でたワンタンを入れ、モツ煮込みの鍋より、スープと野菜を少し加え、最後に韮の微塵を散らしていた。

 白いスープに混じる、モツ煮込みの茶のスープ。人参の赤、煮込まれた玉葱の茶、韮の緑。ますます予想のつかない展開となったミルクワンタンである。

 運ばれた丼に口をつけ、恐る恐る一口飲んだ。
「ハハ。うまい」
思わず一人で、口ずさんだ。

 いわば、さらりとしたクリームシチューのような味である。考えていたほど牛乳臭くはなく、まろやかな味わいがワンタンによく合う。とろりと柔らかくなった玉葱の甘みや、少量入り交じった、鳥モツの破片も実に憎い。

 以来ファンになってしまった。ファンになったばかりか、酒を飲んだ後にぶらりと立ち寄って単品で頼み、ついでにパラリと炒められた半モツ焼飯(三百五十円)も頼んで一緒に食べる楽しみまで、覚えてしまった。

イラスト◎死後くん

●SHOP INFO

店名:ミルクワンタン鳥藤

住:東京都千代田区丸の内3-7-9
TEL:03-3215-1939
営:17:00~23:30
休:土・日・祝
※夜のみ営業中。以前は夜でも単品で頼めたが、今は勝手に肴が次々と出てくる居酒屋。しかし安い

●著者プロフィール

マッキー牧元

タベアルキスト。『味の手帖』編集主幹。食と作り手への愛が溢れた文章と肉1kgをたいらげる喰いっぷりにファン多数。立ち食い蕎麦からフレンチ、割烹まで、守備範囲は広い。近頃は本誌『食楽』誌上で名料理人ぶりも披露している。