おこげの奥の深さに驚きが止まらない

さらに川口さんの一言で、パエリアのとんでもない奥深さを思い知ることになる。
「バレンシア地方のパエリアは、“おこげ”がとても重要なんですよ」
確かに、川口さんが作った「パエリア バレンシアーナ」をいただくと、鍋底に均一におこげが広がっていて、これをスプーンでカリカリとはがして食べ始めると、美味しすぎて手が止まらなくなる。ありきたりの言葉で言うと、カリッと香ばしい。魚介のパエリアにもおこげはあるが、バレンシアーナの方が断然、旨いのだ。でも、何の旨みなのか説明がつかない……と悩んでいたら、
「それがパエリア バレシアーナなんですよ」と笑う川口さん。1000年という長い年月、人を夢中にさせるのは、絶妙なレシピによるおこげなのだろう。
「おこげに関しては、もはや芸術の領域です。“お”がつかなければただの焦げ。また、おこげでも、ネットリしたタイプを、“メロッソ”と言い、カリッとしたのは“ソカロ”と言います。バレンシアで評価が高いのは“ソカロ”ですが、ソカロにも幅もあって、メロッソ寄り、焦げに寄っているなどがあります。競技では、審査員の好きな“ソカロ”が高得点になるという、実はちょっぴり曖昧な点もあるんです」

しかし、考えてみれば、おこげは、鍋の底にできるもの。作り手であるパエリア職人だって、料理中には見えないはずだ。一体どうやってソカロを作るのだ?
「音や香りなどを感じながら、火加減や鍋を動かすなどのテクニックはあります。しかし、僕も最初はそのテクニックだけで作ろうとしていましたが、パエリアの世界観に入っていくとそれだけではないことがわかってきたんです」