完成された味「肉まん」をベースに変化させた「カレー肉まん」「辛口肉まん」

『鹿港』は、ホクホクの蒸したてをその場で購入しいただける一方、持ち帰りや贈答用に蒸していない肉まんを購入することもできます。今回は後者で、持ち帰って自分で蒸したものをいただきました。まずは万頭の上部がギュッとひねっているのが目印の「肉まん」からいただきます。

生地のほんのりとした甘さに、豚バラ肉+揚げエシャロットというシンプルな具材が見事に融合し、口の中で肉本来の味わいが広がります。生地、餡ともに鮮度が良いのかフレッシュな味わい。餡の肉汁が生地に染み渡り、忘れられなくなるほどクセになります。まさに「ザ・鹿港」とも言うべき、お店の代表メニューです。

続いて「辛口肉まん」をいただきます。「肉まん」の餡をアレンジしたもので、春雨ほかさまざまな具材が加わり、食感の楽しさが加わったもの。「辛口」となってますが、強烈な辛さはなく、生地とのバランスを考えて設計されています。「肉まん」のシンプルな味わいをさらに複雑に引き上げたヤミツキ必至の一品です。

続いて「カレー肉まん」をいただきます。こちらも「肉まん」の餡をアレンジしたもの。「肉まん」の餡をカレーで味付けし、レンズ豆を加わえることで、独特のしっとりした食感を表現しています。こちらもさほど辛くなく、甘めの生地と一体化して上品な味わいです。
美味しい生地の味わいを楽しむ「まん頭」と、優等生的一品の「あんまん」

続いて、「まん頭」「黒糖まん頭」「あんまん」をいただきます。
「まん頭」は、ここまでに紹介した『鹿港』の肉まん類の「餡ナシの生地だけ」になります。そのままいただくだけでもかなり美味しいですが、ジャムをつけたり、温めた牛乳や豆乳などにつけていただくのもまた美味です。
そして、この「まん頭」を黒糖味にしたものが「黒糖まん頭」。ほんのり甘い「まん頭」にさらに黒糖の香ばしい甘さを加えたもので、食べた瞬間、風味豊かな香りが口いっぱいに広がり、これもまたクセになります。そのままでいただくもヨシ、「まん頭」同様、何かにつけていただくもヨシです。

最後は「あんまん」をいただきます。小豆本来の味を殺さない優しい甘さの中にほんのり黒ゴマの風味を感じる餡。この餡もまた生地との相性抜群で絶品です。小さいお子さんからお年寄りまで誰でも美味しくいただける『鹿港』の優等生的一品です。
台湾での修業時も開業後も「ここにしかない味」を追求し続けた

これら絶品の肉まん類を販売する『鹿港』のルーツは台湾にあります。台湾の中西部に位置する彰化県の古都・鹿港。1700年代後半に開かれた港町で、かつては台北にある萬華、台南と並ぶ三大都市の一つとも言われました。
この鹿港は、いまだ古き良き台湾の風情を残す街並みが観光名物ですが、この地で絶大な人気を誇る肉まん屋さんがあります。『振味珍(阿振肉包)』というお店で、台湾各地の「肉包(肉まん)」専門店の中でも屈指の人気を誇る名店です。
この店の味に出会い感動し、進路を変更するに至ったのが、現在の『鹿港』店主、小林貞郎さんです。小林さんが『振味珍(阿振肉包)』に出会ったのは1995年頃。当時、小林さんは台湾で日本語教師の職に就いていましたが、生徒の誘いで食べた『振味珍(阿振肉包)』の肉まんにいたく感動したそうです。
やがて小林さんは帰国し、一度は地ビールを作る職人としての道に転向したものの、やはり「あの肉まんの味」が忘れられず、意を決して妻と一緒に再び台湾の『振味珍(阿振肉包)』を訪ね、修業をさせてほしいと志願します。しかし、『振味珍(阿振肉包)』の味は門外不出で、流行っているのに支店も出さないこだわりよう。そんな敷居の高いお店に、外国人である小林さんが「修業をさせてほしい」と出向いても、そう簡単に弟子入りを許してもらえません。
しかし、小林さんの決意はゆるぎなく、根気強く複数回通い、ようやく修業を認められ、それから台湾と日本を行き来しながら同店で約2年弱の修業を行いました。そして、2003年に東京・世田谷に思い出の地『鹿港』を店名にした肉まん専門店を開業することになりました。
「開店にあたっての不安みたいなことは全くなかったです。確信がなければ修業もしなかったろうし、お店もやりませんので。最初から売れるとは思っていなかったですけど、この『肉まん』は一度食べていただければ次第にお客さんは絶対に来ると思っての開業でした。
『日本一美味しい』とか『世界一美味しい』といった評価が欲しくて作っているわけではなく『ここにしかない味を』という思いで作っています。人によって『美味しい』『美味しくない』の感度は違うものですから。私が感動した台湾の『振味珍(阿振肉包)』がそうだったように、『ここにしかない味』があれば必ずお客さんは来てくれる……そんな気持ちでずっと作り続けています」(『鹿港』小林貞郎さん)
1日に2000個売れることもある『鹿港』の肉まん。お店でいただくのはもちろん、通信販売もやっているので、是非一度食べてみてはいかがでしょうか。小林さんが台湾で出会った「ここにしかない味わい」を、東京・世田谷『鹿港』であなたもきっと感じられるはずです。
(撮影・文◎松田義人)