一目惚れした津軽金山焼のぐい呑みと千吉の面影の盃。【酒器も肴のうち】

お酒をつぐ器、お酒を飲む器。酒器に思いを巡らせると、気になってくるのが、あの人のお気に入りやコレクション。あのお店のセレクションも見てみたくなる。酒器を愛でて一献傾けるのが好きなライターによる酒器折々、酒器こもごも。

一目惚れした津軽金山焼のぐい呑みと千吉の面影の盃。【酒器も肴のうち】
食楽web

「酒器も肴のうち」第11献。前回に続き、自由が丘「つぐをギャラリー」店主・佐藤恵さんにご登場いただき、青森県人会酒器トーーク。

 前回は佐藤さんのお父さまである画家・佐藤継雄さん作のぐい呑みを肴に、ギャラリーをオープンさせるきっかけなどを伺った。佐藤さんの穏やかな口調と懐かしい同郷の話題ですっかり望郷の念にかられた筆者。今回もご当地風味濃厚です。

 現在開催中の「花と土 つぐをの花の絵と津軽金山焼展」は文字通り、画家・佐藤継雄氏の絵と陶芸のコラボ展。実は佐藤さんが最初に見せてくれた愛用の酒器は津軽金山焼のぐい呑みだった。ギャラリーを始めて数年経った頃、帰省中に青森のとあるお店で出会ったという。

一目惚れのぐい呑みに出会ってひらめいた企画展

「津軽金山焼のことは以前から知っていました。焼き締めが特徴的で独特の色合いと焼きの景色はそれぞれに魅力的で、ここ数年はりんごの木や津軽平野の稲わらの灰の釉を使ったものも作陶されています。青森駅前に地元のおみやげを扱う店があり、金山焼の作品もよく見かけていたのですが、このぐい呑みは一目惚れに近い衝動で買い求めました。改めて見ると形や口部分の灰の感じがとてもいい」

 ずっと見慣れていたはずのものが、そのときの心の持ちようなのか、心境の変化なのか、突然、輝いて見えたりすることが筆者にもある。以前はピンとこなかったものが、数年経って、妙に惹かれたり、不思議と波長があったりするのは酒器に限らないが、そういう感覚はよくわかる。

「“ほろよい”というシリーズのぐい呑みなのですが、どんな方がつくっているのか気になって…。窯元には陶芸家さんが何人かいて、このぐい呑みが女性の陶芸家さんのものだと知ったのはしばらくしてからです。ぜひ自分のギャラリーで紹介したい! と思い、ひらめいた企画が父の絵と陶芸のコラボ展でした」

「お酒だけでなく、お水やワインを飲むときも使う」という一目惚れのぐい呑みは赤ワインによる着色か、独特の風合いが愛用のほどを物語っている。

「もともと食器は好きで、コレクションしている意識はなかったんですが、気づいたらぐい呑みが結構集まっていたんです。津軽びいどろや箱根寄木など素材もいろいろ」

 酒器を集める人にはお酒好きが多いのか、お酒好きが酒器を集めたがるのか。筆者においては肴になる酒器。気分やお酒によってあれこれとっかえひっかえして使い、味わう楽しみがあると思っていたのだが。

「いつか使おうかなと漠然としたイメージはあるんですが、使うというよりむしろ飾っていることが多いです。持っているということで満足しているというか、飾って愛でるというか。

 ただ、この仕事を通してその意識は変わってきています。使い続けて味わい深くなるものや、使うことでよさがにじみ出るものを実体験しながら伝えていきたいという思いが生まれました」

 えっっ! 酒器、使ってないんですか!? モノとの出会いや思い入れ、関わり方は人それぞれ。そんなことを話し込んでいたら、愛用のぐい呑みに次いで別な酒器が登場した。こちらもやはり未使用?

「はい、まだ使っていません。ただ、見ていただきたくて(笑)。ギャラリーのオープン当初から千吉(せんきち)という家族同然の金魚がいました。5年前、天に召されて、その面影というか、金魚のものをそばに置いておきたくて。本来は小付けのようですが、酒器として申し分ないフォルム」

 小さな盃の見込みに描かれた金魚と水草。水を注ぐと、在りし日の相棒千吉の姿が目に浮かぶ。お父さまの水墨画がラベルになった限定酒を絵画展よろしく並べながら、酒器談義から郷土談義まで話が尽きない。得意の脱線を繰り返し、気づけば青森県人会と化していた。そうそう、酸ヶ湯(すかゆ)のお話を。

「酸ヶ湯温泉で父が個展をさせていただいたご縁で、今でも館内には父の絵が飾ってあります。以来、嬉しいご縁が続き、今夏の酸ヶ湯丑湯祭りに父の絵をラベルにした限定酒をリリースすることになったんです。

 いろいろな出会いがあって、それが今につながっているのだと実感します。父の絵を通して、またギャラリーで展示したさまざまな作家さんの作品を通して、たくさんの出会いが生まれました。これからますますそれを大切にしていかなくては」

 筆者も酒器を通して、それにまつわるいい話と出会えたと思っている。加えて、思いがけず素敵な限定酒ともめぐりあい、さっそく手に入れ、味わった。当コラムはお酒好きの方が読んでくれているはずと信じてあえて説明はしないが、作田、駒泉などの銘柄で知られる南部の蔵元の銘酒だ。青森の地酒を青森のぐい呑みで、というのもオツだっきゃ。

【酒器FILE 008】愛用者:佐藤恵(「つぐをギャラリー」店主)*口径83mm *高さ57mm *容量140cc *重量115g
【酒器FILE 008】
愛用者:佐藤恵(「つぐをギャラリー」店主)
*口径83mm *高さ57mm *容量140cc *重量115g

●DATA

つぐをギャラリー

『つぐをギャラリー』
東急東横線自由が丘駅から徒歩5分ほど。線路沿いにある小さなギャラリーには、画家・佐藤継雄氏の作品を常設展示(ほかの作家展や企画展、貸しギャラリー利用時は展示していない場合もあり)。短い展示サイクルのギャラリーが多い中、ひとつの展示の会期を長く設定しているのは店主のこだわりでもある。現在「花と土 つぐをの花の絵と津軽金山焼展」を開催中(9月6日まで)。つぐをの水墨画(3種)ラベルの丑湯祭り限定酒も本数限定で入手可能。

●SHOP INFO

住:東京都世田谷区奥沢5-31-20ニッソウ自由が丘101
TEL:03-3722-7900
営:12:00~19:00
休:月曜(祝日の場合、翌日)
Facebook「つぐをギャラリー

●著者プロフィール

取材・文/笹森ゆうみ

ライター。蕎麦が好きで蕎麦屋に通っているうちに日本酒に目覚め、同時にそば猪口と酒器の魅力にとりつかれる。お酒、茶道、着物、手仕事、現代アートなど、趣味と暮らしに特化したコンテンツを得意とする。