春の京都の情景が香る酒器は仕覆とともに今もなお。【酒器も肴のうち】

お酒をつぐ器、お酒を飲む器。酒器に思いを巡らせると、気になってくるあの人のお気に入りや、あのお店のセレクション。酒器を愛でながら一献傾けるのが好きなライターによる酒器折々、酒器こもごも。『酒器も肴のうち』第50献。

春の京都の情景が香る酒器は仕覆とともに今もなお。【酒器も肴のうち】
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 たとえば、花見酒に紙コップではせっかくのいいお酒も味気ない。ピクニック、BBQしかり。日本酒に限らずワインやビールでも野外で飲むお酒はそれだけ気分がいい。ただ、紙コップやプラコップなどの簡易容器ではテンションがた落ちということはないだろうか。

 デリケートな素材はともかく、持ち歩きにさほど気を遣わないぐい呑やおちょこだってあるのだし、など申しておりましたら、素敵な酒器、しかも持ち歩ける素敵なそれをお持ちの方がいらしたのです。

 季節は春。ひとりの芸妓さんが三条大橋に佇む。桜の名所は宴もたけなわといったところだろうか。はたまた花より団子か、どちらにせよ、心華やぐ。小さき器から京の春が香りたち、一目見た瞬間からたちまち京の都へといざなわれる。そして、その酒器に誂えた仕覆。完全にもっていかれた。

 仕覆とは茶道の道具のひとつで、茶入や薄器、茶碗などの道具類を入れる袋のこと。幼少の頃から茶道、華道などの習い事はひと通りやったという田中園恵さん。現在は外資系ホテルのゲストサービスに従事し、気づけば茶道とは疎遠になったが、器や書への興味は今も尽きない。

「まだ10歳くらいの頃、大人になったらお花見でこれを使ってねと、お茶の先生から譲り受けたものです。先生は幼い私にままごとの延長のような小さなお道具をたくさん見せてくれました。当時も、これを持ってお花見に行くのよと話していたのを覚えています。

 大人になってから満を持してお花見で使ったこともあります。紙コップは簡易的で便利ですが、お酒も雰囲気もやっぱり味気ないというか風情がないですよね。お仕覆はかなりくたびれてしまいましたがとても大切な宝物です。

 そのあとも、縁起ものだからといって吉兆文様だったり、私の干支が描かれた盃をくださったことも。箸置きもよくいただいて、気づいたら箸置き好きになっていて、今では箸置き集めも趣味に」

 先生は田中さんがお酒が好きな大人になることを予期していたのだろうか。最近では日本酒好きが高じて日本全国47都道府県の地酒を飲むというミッションを自らに課した本気とも遊びとも思える試みで周囲の仲間たちを巻き込んでいるそうだ。

 1都道府県1銘柄。スタンプラリーよろしく、そんなの簡単じゃないの? と思うなかれ。地酒ならなんでもいいというわけではなく、しかるべき決め事をクリアしたものだけが自身の認定酒になるという。聞けばなかなか愉快。

 お酒の楽しみ方は人それぞれだが、諸国漫遊の趣きに共感を覚える。ああ、日本のどこかに私を待ってる酒があると。そのタイミングはいつなんどきか。そう思うと改めて持ち歩ける酒器が無性に欲しくなるのだった。もちろん、仕覆も誂えて。

●著者プロフィール

取材・文/笹森ゆうみ

ライター。蕎麦が好きで蕎麦屋に通っているうちに日本酒に目覚め、同時にそば猪口と酒器の魅力にとりつかれる。お酒、茶道、着物、手仕事、現代アートなど、趣味と暮らしに特化したコンテンツを得意とする。