古きものに宿る飽きのこない表情と昭和ノスタルジーの香り。【酒器も肴のうち】

お酒をつぐ器、お酒を飲む器。酒器に思いを巡らせると、気になってくるあの人のお気に入りや、あのお店のセレクション。酒器を愛でて一献傾けるのが好きなライターによる酒器折々、酒器こもごも。

古きものに宿る飽きのこない表情と昭和ノスタルジーの香り。【酒器も肴のうち】
食楽web

 今月に入ってからの飲み会はいやがおうでも忘年会や納会の趣きになる。いろいろな酒器と出会う機会も多くなり、この酒器は取材の対象になるかもと、街のスカウトマンのような気分で見ていたりする。

 毎週水曜日に連載している『酒器も肴のうち』も、年内あと2献。残す2献は横浜・天王町にある陶芸工房併設ギャラリー「工房一ノ陽」を主宰する上田ゆき子さんにおつきあいいただくことに。

「普段からお酒をたしなむ習慣がなくて。そのような機会があるときは、お店の方がすすめてくれる美味しいのをほんのちょっとだけ楽しむ程度です。なにしろ、飲むとすぐ眠くなってしまう」と、上田さん。陶芸を専攻していた学生時代は歓迎会や大宴会にもとことんつきあった(つきあわされた?)というが、今では雀の涙ほどの酒量で十分だと笑う。

 それ以上お酒の話題は続かなかったが、主題は「酒器」。この酒器でお酒を飲みたいという感覚ではなく、陶芸家としての目線で器そのものを選ぶことが多いのだろう。ギャラリースペースにも酒器があれこれと並んでいる。なかでもとくに気に入っているものがあるというので見せていただいた。

「骨董市で見つけたものがほとんどです。感覚的なことでうまく説明できませんが、古いものならではの形状やサイズ感もいいですし、量産のものにはない飽きのこない表情がなんともツボ。陶器ふたつとも、大和の骨董市で手に入れました」

 とくに、茶色い小さな器はいわゆる民藝の佇まい。ノスタルジックで親しみやすい表情がいい。ただ、筆者からしたらちびちび飲むにもほどがあると言いたくなる試飲カップほどの小ささだが、お酒はそんなに…という上田さんにはちょうどいいのだろう。

「レトロな雰囲気のガラスも好きです。どこか昭和感が漂うような。なにしろ昭和の人間なもので(笑)」。昭和レトロを感じさせる古看板や喫茶店、そして器や雑貨などが心の琴線に触れる筆者も同様に昭和の人間だと実感する。

「えーっと、これはどこで手に入れたんだっけな…。まとまった数が揃っていたので在庫もありますよ」。どれどれ。グラスのほかにもきれいなガラスの皿などが陳列され、じっくり見入ってしまう。昭和の人間同士、古い器や道具の話題が尽きない。

 ギャラリースペースにディスプレイされているのは主に器類だが、上田さんの趣味そのものと言わんばかりで微笑ましく、楽しげ。空間ごと筆者のツボで、長居必至(実際、とても長居してしまった)。上田さん自作の陶芸作品のほか、知人の陶芸家や、陶芸教室の会員の方々の作品、そして上田さんが骨董市で買いつけた古いものを展示販売している。次回はそれらを肴にしながら年納めの一献を。

【酒器FILE 019】 所有者:上田ゆき子(「工房一ノ陽」主宰) *口径50mm *高さ40mm *容量30cc *重量43g
【酒器FILE 019】
所有者:上田由起子(「工房一ノ陽」主宰)
*口径50mm *高さ40mm *容量30cc *重量43g

●DATA

工房一ノ陽

工房一ノ陽

相鉄線天王町駅から徒歩4分。静かな路地裏にある陶芸工房併設ギャラリー。初心者から上級者まで幅広いレベルの方の「作ってみたい好奇心」を満たしてくれる丁寧な指導に定評がある。お試し制作体験も可能(手びねり2,800円、電動ろくろ3,300円)。

●INFORMATION

住:神奈川県横浜市保土ケ谷区天王町1-6-2
TEL:045-335-6565
※営業日時はHPにてご確認ください。

●著者プロフィール

取材・文/笹森ゆうみ

ライター。蕎麦が好きで蕎麦屋に通っているうちに日本酒に目覚め、同時にそば猪口と酒器の魅力にとりつかれる。お酒、茶道、着物、手仕事、現代アートなど、趣味と暮らしに特化したコンテンツを得意とする。