
●巷の人気とは裏腹に、店主の高齢化と共に閉店が相次いでいる昭和生まれの町中華店。世代を超えて愛され続ける名店による銘品を、守り続ける人々の記録とともにご紹介。今回は荻窪の名店『ことぶき食堂』です。
豚の唐揚げ。町中華としては異色の料理だが、その忘れがたい味を求めて、多くの客が通う店が、荻窪の環八通り沿いに店を構える『ことぶき食堂』だ。
1956年に中華食堂としてオープン。魚介系スープを使った荻窪らしいラーメンが人気のこの店で、その双璧を成してきた名物料理が「ブタカラ」だった。

ブタカラとは、豚肉を唐揚げにし、酢醤油ダレが染み込ませた一品。サクサク、カリカリ、ジュワァーっ。ひと口ごとに幸福をもたらすブタカラの多彩な味わいにどハマリするファンが続出。今も昔も、ことぶき食堂=ブタカラと言っても過言ではないほど愛され続けている。

「45年程前、親戚の家でいただいたブタカラがとても美味しくて、店で出し始めたのがきっかけです」と語るのは、夫・小宮辰之助さんと共に長年この店を切り盛りしてきた京子さん。2022年に辰之助さんが他界し、現在は娘の徳子さんと共にこの店を守っている。

「ここ数年、自分たちでできる形を模索して、ラーメンなどのメニューは諦め、ブタカラとカレーを軸にしたスタイルになりました」と徳子さん。プロとしての料理経験はゼロだったが、世界の誰よりも父のブタカラを食べてきた自負はある。
そんな彼女が作るブタカラが、これまた面白い。基本のブタカラレシピはそのままに、辛味を利かせたタレで和える新作「赤ブタカラ」を追加した。また、一皿でも味変が楽しめる、追いダレやパクチートッピングも用意。そして、ブタカラやタレと食べることでより美味しさが増すカレーなど、ブタカラの様々な楽しみ方を提案している。

父の残した味は守りながらも、第二形態へと進化したブタカラのその先に、さらなる期待が高まる。
(撮影◎辻嵩裕 文◎佐藤由実)