秩父の黒いダイヤ!?丁寧に仕込まれる濃厚ないなり寿司

武島家のいなりのりまき寿司は秩父地域では冠婚葬祭や地域の集まりの時に出されたり、地元スーパーではいつでも買うことのできる定番商品で、その味は広く地元民に親しまれています。
いなり寿司の特徴として、他の地域には無い「色の濃さ」があります。そして味も濃い。甘くて濃いのがこの地域の特徴なのです。

「よく黒糖を使ってるの?と聞かれるけどウチでは上白糖と醤油しか使ってないんだよね。だからこの濃い色は醤油の色。」
武島家三代目の店主・武島芳明さんが言います。筆者も聞くまでは正直この黒さは黒糖だと思っていました。さらに驚いたのはその仕込みで、
「味が染み込むのって冷めていく時だから、油揚げの状態から砂糖と醤油で煮て一晩冷まして、また煮て一晩冷ましてって繰り返して、いなり寿司にするには最低でも3日はかかるよね」
まさかそこまでの工程がかかっているとは知らず、改めて知るとその丁寧な作り方にビックリです。
今回なんと特別に、お店の奥の仕込みの様子を見せてもらいました。

竹の籠に入れた大量の油揚げを大鍋で煮て、それを一晩、また煮て一晩と丁寧に丁寧に仕込んでいきます。
ゆっくり休ませている油揚げも見せていただき
「これが2日目のお揚げ、こっちが3日目。色が違うでしょう。」
一個120円のいなり寿司にここまで手間暇がかかっているなんて。

のりまき寿司、いなり寿司を作るところも見せてくれました。
「ホントは最近はプラスチックの巻き簾の方がやりやすいけど写真撮るなら竹製の方が見映えが良いでしょう。」
なんて言いながら手際良くかんぴょう巻きを作っていきます。

いなり寿司を詰めるのも長年続けてきた手作業です。
「100年なんて。あんまり偉そうな事を書かないでおくれよ」
ピシャリと言ったあとに少しはにかむお母さんの享子さんは今でも元気に店を切り盛りしています。秩父の人たちって一見ぶっきらぼうだけど話してみると親身になってくれる優しい人が多いんです。


「武島家が始まったのは大正5年(1916年)。だからもう100年越えちゃったね」
それだけ長きに渡り地元で何代にも渡り愛されているお店です。
すぐ近くに秩父鉄道の踏切があり、ときおり電車の音が聞こえてきます。
休日に運行している蒸気機関車の汽笛も聞こえますか?と聞くと
「毎日のことだから慣れちゃって電車の音、聞こえてるんだろうけど聞こえないんだよね」
昭和風情漂う店内で出来立てをいただく

今回は「いなりのりまき寿司 560円」と「とりうどん560円」をオーダーします。
ほとんどのお客さんが持ち帰りの注文をしますが、武島家はお店で食べることができ、お寿司以外のメニューもあります。
「最近はもう近所の決まった人か、ネットで情報を見たよって人がたまに食べていくだけだよ」
と芳明さん。
昭和の食堂の面影残る雰囲気の良いお座敷でゆっくり待っていると出来立てのお寿司とうどんが出てきました。


お醤油の効いたつゆはどこか懐かしい味です。麺は秩父の製麺所で作られており、極太でワシワシとした食べ応えのあるこの地域独特の食感です。すごく美味しい。
そしてお寿司です。ツヤツヤと光る濃い色のいなり寿司は見た目の通り噛むとジュワッと濃厚な甘味が出てくるタイプ。三日間寝かされた旨味が肉厚な油揚げから染み出してきて食べ応え充分です。
のりまきも出来立てでまだほんのり温かい。正直言って筆者はかんぴょう巻きについて今まで何の感情も持ったことが無いのですが、うん、この出来立てのかんぴょう巻き、こんなに美味しいものだったのねと思います。
そして大事な要素がワサビです。スーパーや仕出しでいただく武島家のお寿司には入っていないワサビがお店で注文した時のみ入っています。(持ち帰りにも入ります)
この濃くて甘いいなりにワサビをつけて食べると、爽やかな刺激が相性抜群。ついついもう一個、と箸が伸びます。お醤油にもワサビを溶いて出来たてののりまきをちょっとつけて食べる。たまにガリで口直し。
この食べ方こそ真髄だ!と顔がほころんでしまいます。身体の中で秩父夜祭(12月に行われる秩父で最大のお祭り)の屋台囃子が鳴り響いてくるようです。
筆者はうどんとお寿司をそれぞれ単品で注文しましたが、ちょっと食べ過ぎました。メニューを見ると「寿司(半分)とうどんセット 710円」という腹ペコ対応のセットがちゃんと有ります。よほどヤンチャな胃袋の持ち主じゃなければこちらのセットをおすすめいたします。

お店はなんと朝7時からやっているそうです。
「なんだったら6時台には居るよ。そのかわり午後遅くは怪しいけどね」
と芳明さんが笑います。
秩父へ泊まりで遊びに来て翌日早くに出発する時でも朝ごはんとして、又は秩父を感じるお弁当としていけるな、と思いました。
筆者は満腹のお腹をさすりながら、家族にお土産で持ち帰り寿司を作っていただき、お店を後にしました。


次にお店で食べるときは時間のある時にのんびりと、お寿司のお供に瓶ビールでもいただこうかな。秩父らしい時間を過ごすことができるんじゃないかと思います。ごちそうさまでした。

●SHOP INFO
武島家
住:埼玉県秩父市番場町16-4
tel:0494-22-0739
営:7:00~17:00
休:木
駐:向かいにあります
●著者プロフィール
水野晋太郎
1979年生まれ岡山出身。酒好きの歌うたい。2019年に妻の地元・秩父に移住。秩父市大滝の山の中にある明治時代に作られた手掘りのトンネルがお気に入り。知り合ってすぐ昔から知っていた気にさせるのが得意。
(水野晋太郎 編集・ヨネダ商店)