おでんの歴史と『たこ梅』の歴史

『たこ梅』があるのは、大阪でも一番の繁華街である道頓堀。東へ歩くこと数分、人の通りが少し落ち着いた辺りにおでんと書かれた赤提灯を見つけました。
派手な電飾や看板の多い道頓堀の中にありながら、シックな佇まいの『たこ梅』。創業はなんと180年ほど前の江戸時代、弘化元年(1844年)。日本で一番古くからあるおでん屋と言われています。

そもそも“おでん”とは、豆腐やコンニャクを串に刺して焼き、味噌を付けて食べた田楽のこと。やがて醤油出汁で煮込んだ煮込みの田楽が食べられるようになり、それが現在のおでんに変化していきました。
ちなみに煮込み式のおでんが誕生したのは諸説ありますが、日本の関東のものが初とも、中国の広東の料理にルーツがあるとも言われています。関西では昔、おでんを「関東煮=かんとだき」と呼んでいたため、『たこ梅』では現在も「かんとだき」と呼称していますが、お客さんはもちろん“おでん”で大丈夫。
![ドラマやCMの撮影などにも使われた年季の入ったカウンター [食楽web]](https://cdn.asagei.com/syokuraku/uploads/2024/04/20240428-takoume04.jpg)
入り口の目の前には、コの字型のカウンターと大きなおでん鍋。道頓堀の喧騒が嘘のような純和風な内装で、ノスタルジックな世界観が広がっています。
このカウンターは『たこ梅』という店名にも深く由来しています。コの字型のカウンターのお店では、店主が真ん中に立って四方八方のお客さんに対応します。

そのテキパキと働く様子が8本足のタコのようだということで、コの字カウンターのお店の名前を「たこ○○」とするのが、江戸時代の後期から明治期くらいに流行したそう。
そのような流れがあって、お店では創業者の「梅次郎」の名前から「梅」をとって『たこ梅』と名付けられました。