「カレー風味」ではあるが、その一言だけで終わらせることができない複雑な味

同店へ入店後、いつものように「いり豚」(580円)をオーダー。作り置きではないので、すぐには出てきませんが、この間、お酒を飲むなり、定食をいただくなりして数分待ちます。やがて、目の前にサーブされる「いり豚」は、見た目からは「カレー風味」ということがわからないほどオレンジ色に染まっています。
「これこれ!」と見るだけでホッとしてしまう筆者ですが、その味もいつもと変わらずで、カレー風味ではあるものの、スパイシーさは控えめで、どことなくウスターソース風味のような酸味と甘味があり、コクもあります。この独特のソースとシャキシャキの玉ねぎ、豚肉の相性が抜群で食感も楽しく感じます。

味わうごとに浅草の歴史を感じるような味であり、「いり豚」でしか味わうことができないものですが、地元客・常連さんの大半がオーダーするのも納得。それだけヤミツキ感があり、過去に食べたことがなくとも、どこか懐かしい、日本人をホッとさせるような味付けになっています。
70年以上前に考案された『水口』オリジナルの味!

しかし、「いり豚」の味は複雑で、どうして考案されたのかまでは、常連さんでも知らない人が多いかもしれません。そこで2代目の水口はつねさんに、その秘密を聞いてみることにしました。
「浅草の今のお店になったのが昭和25年(1950年)なんです。その前は、先代がお店をやっていたんですが、昭和20年(1945年)の東京大空襲によりお店ができなくなったらしいです。その前後にコックさんと2人で考案したのが『いり豚』です。ですから、戦前にはすでにあったメニューですし、少なくとも昭和25年(1950年)にうちの店が浅草に来てからは、すでに『いり豚』がお店のメニューとしてあったんですね。
洋食の影響を受けたメニューだと思うんですけど、玉ねぎと豚肉を炒めて、それをカレー風味のソースで和えるというものです。これが『よそにはない味』なので、うちの名物になっています。現在はお酒のおつまみで食べられるお客さん、食事のおかずとして食べられるお客さんと半々くらいですけど、どちらにも合うと思いますよ。たまに『どうやったら作れるか』なんて尋ねられるお客さんもいらっしゃいますけど、このソースはオーバーに言えば『企業秘密』ってことで重要な味ですので、お教えはできないんですよ(笑)。
なので、そういったお客さんには『どうか真似してやってみてください』とお伝えしています。もし浅草に来られる機会のある方は是非うちに立ち寄っていただき、食べていただきたいですね」(水口はつねさん)
『水口』の「いり豚」は、長きに渡って守られ愛され続けた、唯一無二のメニューだと改めて実感しました。この貴重な浅草の味、是非一度食べてみてください!
(撮影・文◎松田義人)