毎朝のルーティンこそが変わらぬ味の原点

隆一さんは毎朝9時に店へ入り、まずは厨房の掃除から始めます。すると、顔馴染みの業者が続々と配達に訪れ、その日の食材が揃うと仕込みがスタート。スープに使う豚のげんこつと豚足は冷凍のまま砕き、鶏ガラは頭、胴、モミジまですべて使用。鶏7割、豚3割で野菜や魚介は一切加えないという、昔ながらのスタイルです。
こうした仕入れや仕込みへの緻密なこだわりも、すべて祖父の教えを踏襲し続けているそう。例えばチャーシューは冷凍ではなく届いたばかりの新鮮な生肉で仕込みます。外モモ肉と肩ロース肉の 種類の塊肉から、肉質の異なる部位ごとに捌いていき、最もサシの多い肩ロースのザブトンは、チャーシュー麺用にするなど、肉の特徴を生かして料理に使い分けています。
切り分けた肉をスープの鍋に入れ、コトコトと火を入れること20分。仕上げに、中華鍋で肉を焼き付けながら、特製の甘辛いタレを絡めて完成。まるで低温調理をかけたようなしっとりとした軟らかさと、肉の歯応えも生かした味わいです。

2時間ほど炊いたスープは、営業前に豚骨だけを引き上げ、その後もとろ火に掛けておくことで、鶏ガラからはさらなる旨味が出続けます。開店直後はあっさりとしたクリアな味わいのスープが、閉店間際には旨味が濃厚さを増していく……。その差は素人では気付けない程度ですが、常連の中には好みの味になる時間帯にだけ訪れるお客もいるそう。
新作メニューも人気

料理にも精力的に挑んでいます。現在では店で一番の人気料理となっている「しょうがそば」は、そのきっかけとなった一品。
「北海道のおろしショウガをのせるご当地ラーメンをテレビで見て、興味半分で試してみたら、めちゃくちゃ美味かったんです。常連さんからも評判が良くて。基本さえブレなければ、新作も取り入れたいと思うようになりました」

その後も、タイ料理にハマって作った「パクパクパクチーそば」や、風邪気味の時に賄いで食べていたニンニクたっぷりの「スタミナそば」など、年に2回ほど登場する新作の中から、定番入りするメニューも増えているとのこと。
5年前からは息子の隆正さんが店に入り、親子並んで厨房に立っています。自身の代で店を閉めようと考えていた隆一さんも、いまは自分が受け継いだ味を残せることに幸せを感じていると言います。
老舗にとって最も重要なのは、毎日同じ味を提供すること。そのために、毎朝の仕込みから味見まで、祖父から学んだ流儀を寸分の狂いもなく繰り返す。一方で、お客に新たな楽しみを提案する、遊び心や柔軟性も必要。そのことを、創業100余年という月日が証明しています。
(撮影◎辻 嵩裕 文◎佐藤由実)
※本記事は『食楽』2024年春号からの転載記事です。記載情報は取材時点のものです