料理人が買い集めた九谷の人気陶芸作家のぐい呑み。【酒器も肴のうち】

お酒をつぐ器、お酒を飲む器。酒器に思いを巡らせると、気になってくるのが、あの人のお気に入りやコレクション。あのお店のセレクションも見てみたくなる。酒器を愛でて一献傾けるのが好きなライターによる酒器折々、酒器こもごも。

料理人が買い集めた九谷の人気陶芸作家のぐい呑み。【酒器も肴のうち】
食楽web

 食べ歩き&飲み歩きが趣味という人なら「あの街なら任せて!」という得意エリアを持っているはずだ。かなり前の話だが恵比寿勤務歴の長かった筆者も「恵比寿は庭よ」と、夜遅くまで(いや、明け方まで)飲み歩いていた頃がある。

 足繁く通っていたお店や年季の入った雑居ビルは取り壊されてマンションやビルに変わってしまい、あの頃の面影は薄れていく一方だが、今でも恵比寿は好きな街のひとつであることに変わりない。当時の思い出を相当加算したらの話だけど。

「酒器も肴のうち」第12献は恵比寿「すし松玄」の料理長・吉野裕一さんにご登場いただいた。吉野さんは、当時の筆者には高嶺の花だった寿司店「松栄」を経て、2年ほど前に「すし松玄」の料理長に。お寿司、旬の食材を使った料理が楽しめる寿司居酒屋とあって、一品料理で飲んで、だけどお寿司もちょっとつまみたいなという気分にはちょうどいい敷居。もちろん、お寿司メインで行くのもOKだ。

 いつだったかお店を訪れた際、お品書きに筆者の大好物であるなめろうがあって迷わず注文したのだが、そのなめろうがあまりにも美しくて言葉を失った(正確には興奮して大声を出したのだが)。もともと漁師料理のはずの一品がキラキラ輝いて見えて、とてもきれいな料理をつくる人だという印象を持った。その時、なぜかはわからないが、きっと素敵な酒器を持っているに違いないと感じた。ただの酒器好きの勘かもしれないが、それにしてもまさか!

自分が使うのではなく、お客さまに使っていただきたくて。

 目の前に出された竹製のざるには数種類のぐい呑み。おお! すでに懐かしい光景! 本コラム第1献でご登場いただいた「地の酒しん」以来ではないか! 選んで楽しい酒器シリーズ! あれこれ見たがりで選びたがりな筆者、小躍りの巻です。

目の前に出された竹製のざるには数種類のぐい呑み

「自身の愛用というよりは気に入った酒器を見つけて、それをお店に置いているという感じですね。徐々に集まりますが自分で使う機会が少ないので、それよりはお客さまに使っていただきたいなと。カウンターのお客さまにはお好きなものを選んでいただいたりしますが、こちらであつらえてお出しすることもあります。テーブル席だとこちらが用意することの方が多いですね」

 吉野さん愛用の、という話ではなくなったものの、実はかごの中に見覚えのある作風の酒器を発見してニヤついてしまった。もしやこれは?

「九谷焼の正木春蔵さんのものです。古典的な要素を残しながら古めかしくならず、モダンで筆使いの柔らかい感じもいいですよね。器の柄を眺めながらお酒を味わってもらえればと思って選んでいたら結構揃いました」

 うふふ。我が家にもあるんです。フリーハンドで描かれた楽しげな色彩の正木さん作の蕎麦猪口が。蕎麦猪口を集め始め、ときに散財もしていた頃に出会ってかれこれ経つが、今も愛用している。

「酒器に限らず、器の景色も日本料理の味わいのひとつですし、旬の食材を扱い、それに見合った季節感のある器を選ぶことも、料理人としてとてつもなく楽しいことです」

 若くしてこの世界に飛び込んで京料理を学び、有名フュージョンレストランや海外での料理人としてのキャリアを積んできた吉野さん。器ひとつ語るのにも深みと広がりを感じさせるのは、培った経験と感性の豊かさからくるものなのか。白木のカウンター向こうのオープンキッチンに立つ料理人への興味は尽きない。

「茶道具やさんを見つけるとつい立ち寄ってしまいます。茶懐石はシンプルですが、日本料理の基本や茶事の趣向を学ぶにはいい経験でした」

 聞けば、茶道をたしなみ、茶懐石を供していた頃もあるという。なるほど、器の造詣の深さはそこにもあったのかと納得する。茶道の話は興味深い。次第に酒器の話が遠ざかり、筆者得意の脱線ゲームとなる。いかんいかん、話を戻そう。

 どれも気に入っているという正木さんのぐい呑みをテーブルに並べ、吉野さんに当日の気分でひとつだけ選んでいただいた。手に取ったのは、筆者所有のカラフルな蕎麦猪口とは異なる表情の古赤絵金襴手。よし、次に訪問したときは、これで一献傾けよう。あ、でもやっぱりあっちがいいかな、いや、こっちもいいな。迷える酒器好きを困らせるつもりなのか、「こういうのもありますよ」と吉野さん。酒器のおかわりだ。この続きは、また来週。

【酒器FILE 009】
愛用者:吉野裕一(「すし松玄」料理長)
*口径68mm *高さ33mm *容量80cc *重量44g

●DATA

すし松玄

『すし松玄』
自慢の寿司をはじめ、日本酒に合う一品料理が楽しめる寿司居酒屋。日本酒は定番、季節のものなど常時16種前後。好きな料理を選びながらお酒を味わう店として利用するもよし、お寿司屋やさんとして使うもよし、コースでしっかり食べたいという人にも、またよし。その日に仕入れた最高のネタを活かした極上の料理が堪能できる「本日のおまかせコース」は8,000円〜(税別)。松茸の土瓶蒸しなど、秋の味覚がぎゅっとつまった料理が登場するのも待ち遠しい。

●SHOP INFO

住:東京都渋谷区恵比寿南2-3-13 山燃ビル2F
TEL:03-6452-2400
営:17:00~23:00
休:日曜・祝日

●著者プロフィール

取材・文/笹森ゆうみ

ライター。蕎麦が好きで蕎麦屋に通っているうちに日本酒に目覚め、同時にそば猪口と酒器の魅力にとりつかれる。お酒、茶道、着物、手仕事、現代アートなど、趣味と暮らしに特化したコンテンツを得意とする。