「スーツの着こなしにはセオリーがある。それを知ると、見た目も美しくなる」

そんな宇瀬さんが贈るマスター像は、さらに興味深い。彼が出勤する日はInstagramなどで公開している出勤カレンダーを見てもいいが、実際には店頭を見ればすぐにわかる。クラシックカーが停まっているからだ。
宇瀬さんの朝は、スーツを着て、クラシックカーで自宅から喫茶店へと向かうドライブから始まる。このスタイルには、明確な理由がある。
「富山にある『白馬館』というバーの創業者でありマスターの内田輝廣さんが、白いタキシードに蝶ネクタイというスタイルで本当に格好よくて。自分もそんな格好良さを真似しようと、それでスーツを着ようと思った。当時も今も、喫茶店やカフェの仕事スタイルはエプロンをして、ラフな格好が多い中、スーツはあまり見かけないな」と、スーツ×純喫茶の組み合わせが生まれた秘話を振り返る。

所持するスーツは6着ほど。シャツとネクタイを変えることで着回しを楽しむ。「こういうシーンではこういうジャケットとか。ネクタイとポケットチーフの色を合わせるとか、スーツの着こなしにはセオリーがある。それを知ると、見た目も美しくなるし、格好よく見える」と話す。
一方で、「一年を通してジャケットにネクタイを締めることを決めたのはいいものの、真夏は過酷…。せめて、ジャケット姿のまま夏らしさを表現するためにボトムは短パン姿になる。そういうハズシを考えるのも楽しい」と、苦笑いする。
中学生の頃からファッション誌を読み漁り、西町のおしゃれな服屋さんに通ったという。「その頃の店主たちはみんな格好よかった。お洒落でさ、みんなそれぞれちゃんとスタイルがあった。やっぱり憧れるよね」
思春期に抱いた憧れを、50代になった今も大切にしている。その一貫性が、宇瀬さんのスタイルに説得力を与えている。

高校生の頃に買った服を、今も大切に着ているという宇瀬さん。体型維持の理由も明快だ。 「高校の時、洋服が好きだったから、ちょっと上等なものも買った。それが着られなくなるのはもったいない。だから体型を維持しています」
すらっと背筋が伸びた美しい佇まいの宇瀬さんに大変聞き辛いが、「おじさんならではの悩み」を尋ねてみた。すると「去年初めてテニス肘になった。テニスをやってないのに。医者に診てもらうと、多分コーヒーを淹れすぎたんだろうねって笑われた」。イベント時などは、多い日には1日に100杯以上コーヒーを淹れることもあるそうだ。
また、最近はコレステロール値も気になり始めたという。健康管理として、歩ける距離はできるだけ歩くこと。さらにスタッフに勧められ、毎日お酢とトマトジュースを飲んでいる。自分の持っている服が着られなくなるのは「屈辱的」だという徹底ぶりだ。
年齢を言い訳にしない。その姿勢こそが、宇瀬さんを“すてきなおじさん”たらしめている。
店頭のクラシックカーが街の名物に
![愛車のシートは、おしゃれなチェック柄に張り替え。一輪の花を挿すのも宇瀬さんのこだわり [食楽web]](https://cdn.asagei.com/syokuraku/uploads/2026/02/20260207-ojisan08.jpg)
「小さい頃から車が大好きで、ずっと車一筋」と語る宇瀬さん。しかし、店を継いだ当初は、車の要素を一切出していなかった。
転機となったのは、スタッフの一言。「もう少し個性を出せばいいのに。車が好きだったら、車の要素を出せば4代目らしくなるんじゃないですか」。自宅に段ボール何十箱と眠っていた、ミニカーコレクションを店内に飾り、Instagramに投稿することに。すると、それらのミニカーを手がけるメーカーから取材の依頼が入るなど、追い風に見舞われた。年を重ねても“好き”を好きと言える。その無邪気さが、周囲を惹きつける。

さらに、コロナ禍で売上が落ち込む洗車業者からの協力依頼で、店舗前で車磨きの実演を開始した。先のスタッフの一言をきっかけに「car喫茶ツタヤ」と名付け、マンションオーナーや警察の許可を得て敷地を活用し、クラシックカーの展示も始めた。
「磨き屋さんから車を借りてきてもらったり、街を走っている車をナンパして展示させてもらったり」と笑う。今や、店頭のクラシックカーは街の名物となっている。

宇瀬さんは、お店で待つだけでなく、積極的にイベントにも出店。最初は富山市内のイベント、その後金沢など近県のイベントに参加したことをきっかけに、銀座ロフトからポップアップ出店のオファーが舞い込んだ。さらに、幕張メッセで開催される「オートモービルカウンシル」には事務局に直談判し4年連続で出展。ローバーミニ+キッチンカーでイベントに乗りつけ「これで来たんですか?」と驚かれることしばしば。今ではイベントの一つの「顔」となっている。
宇瀬さんから滲み出るのは、自分の好きなものを大切にし、それを使い続ける姿勢だ。ダンディーな第一印象を残しつつ、決して安易ではないスタイルを楽しく貫く。そんな姿勢と無邪気な笑顔からは、少年のようなかわいさも感じてしまう。
「身につけるものが馴染むようになった時が、おじさんなのかな」

「車もそうだし、服もそうだし、持ち物もそう。スタンダードで普遍的なものが好き。それが、たまたまこの店の雰囲気ともマッチングした」
店を継いで4代目を務めていくなかで、「ただ店をやるだけじゃなくて、どうしたら埋もれないか」を考え、自分らしい個性を出すことを学んだという。

53歳の宇瀬さんに「いつからおじさんだと思うか」と尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「身につけるものが馴染んできた時。たとえば上質な服やクラシックカーに『着せられている』『乗せられている』感がなくなってきた時が、おじさんなのかなと思う。いい意味で。俺もようやくここまで来たか(笑)って」
スーツ、クラシックカー、コーヒー。すべてにこだわりを持ち、それを楽しむ姿勢。宇瀬さんの“すてきなおじさん”ぶりは、年齢を重ねることの魅力を教えてくれる。おじさんになることは、失うことではなく、“似合うものが増えていく”ことなのかもしれない。

将来は「郊外で、車を展示して、お客さんも集まれるような場所を作りたい。富山にコーヒーと喫茶と自動車の文化をクロスオーバーさせたような」と構想を語る宇瀬さん。宇瀬さんは今日も、人生をきちんと楽しむ大人の背中を、静かに見せてくれている。
富山市西町の『純喫茶ツタヤ』。大正創業の歴史と4代目マスターの個性が融合した空間で、スーツ姿でコーヒーを淹れる宇瀬さんに会いに訪れてみてはいかがだろうか。
(撮影・文◎岩井なな)







