
●蕎麦が好きでお酒が好きな小宮山雄飛が、美味しいお蕎麦屋さん、そして蕎麦屋呑みの魅力を伝える連載。第2回目は、神保町にある蕎麦呑みの名店『松翁』です。
東京・神保町の『松翁』は、昔から蕎麦呑み好きに人気のお店。お蕎麦だけを目当てに来たお客さんでも、ついついお酒を頼みたくなってしまうほど魅力的な蕎麦前の酒肴や料理が揃っているんです。

夜営業で、お酒を頼むと出てくる突き出しからしてセンスがいい。その日のツマミ3種に加えて、小さな器で出てくるのは、なんとポタージュスープ!
お蕎麦屋さんでいきなり小さなポタージュって、酒呑みだったらもうそれだけで「惚れてまうやろ〜!」ってなるでしょ。この日は、和栗のポタージュでした。

酒場の世界には「汁物をツマミに呑めるようになったらプロの呑んべえ」という言葉がありますが(僕が作った言葉ですが)、和栗のポタージュをツマミに、フルーティーな味わいの純米吟醸「渡船」をごくり。

栗の甘みと渡船の香りが見事に合う。至福の蕎麦前タイムの始まり始まり。
「穴子の煮こごり」は、ご主人が「早く食べないと、(溶けて)飲むことになるよ」と言うくらい、プルップルでこれまた日本酒と合う。

さらに、お蕎麦屋さんで蟹コロッケ! 重要なポイントは、蟹クリームコロッケではなく、蟹コロッケというところ。 小さいサイズのまん丸コロッケの中には、蟹の身がぎっしり詰まってて、これこそツマミになるコロッケ。


このサイズ感もまた、あれこれ少しずつツマミたい酒呑みの気持ちをよく分かってくれています。
揚げたての天ぷらが1品ずつ出てくる幸せ
そして、ここからが松翁の一番の魅力メニュー。それは揚げたての天ぷらです。
一般的にお蕎麦屋さんで天ぷらといえば、盛り合わせが一皿に盛られて出てきますが、こちらでは天ぷら専門店と同じように、1品1品揚げたてを順番に出してくれるのです。
この揚げたてサクサクの天ぷらを目当てにこちらに通っている常連さんも多いという人気の蕎麦前料理。
天ぷら1品目は、いきなり主役のエビですが、この出し方がまたニクい。まずはエビの手とミソだけがやってくる! サクサクの食感が魅力の手と、濃厚な味わいのミソ、これをアテに日本酒をちびり。
こういうとこだぞ!

続いて、エビの頭が来て、いよいよご本尊の胴体現る。エビ1本でこれだけじわりじわりと楽しませてくれるんですから、そりゃーお酒も進みます。

野菜の天ぷらに続いて最後は穴子一尾。すべて揚げたてを出してくれるから、最後までサクサク熱々でめちゃくちゃ美味しいのです。
そして、天ぷらを食べていて、不思議なことに気付きました。なんか、どこかから強い視線を感じるのです。
天ぷらもお酒も美味しくて、めっちゃ堪能してるんですが、なんか一本張り詰めた空気みたいのが店内にある。

どこかから、監視されている気がする。よくよく店内を見渡してみると、厨房の奥からお店の方が、こちらをじっと見ている!
お客さんの食べるペースに合わせて揚げたての天ぷらを1品1品出せるようにと、こちらの食べ具合をしっかり見て、揚げるタイミングを調整してくれているんです。
どおりで、エビを食べ終わった頃にナス、ナスを食べ終わった頃にシイタケと、めちゃタイミング良く次の天ぷらが出てきていたんだ。そりゃー、蕎麦呑み好きに人気なのも頷けます。

そして、蕎麦前のツマミを楽しんだ後のメインのお蕎麦は生粉打ちの「並そば」と「変わりそば」の二種盛り。
「並そば」は茨城県産のブランド品種「常陸秋そば」を玄そばの殻を取り除いて製粉した「生粉打ち(きこうち)」の十割そばで、変わりそばは季節ごとに変わります。本日の変わりそばは伊予柑でした。

松翁で面白いのは、つゆも関東風の濃口と関西風の淡口を選べるところ。つゆだけの単品追加もできるので、食べ比べのために両方頼むのがおすすめです。
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極細の十割蕎麦は、本当に瑞々(みずみず)しくて、濃口のつゆとの相性抜群。 淡白で繊細な味の変わりそばは淡口で、食べるとほんのり柑橘の香りが鼻を抜けて、これまた美味。

蕎麦前の酒とツマミもすごいけど、やっぱり蕎麦もすごい!! 松翁は、ショーヘイオータニのはるか以前から二刀流を使いこなす、神保町の名店です。
(文◎小宮山雄飛、撮影◎C STUDIO 中村優子)