
●鹿児島・薩摩半島の西岸海にある『嘉之助蒸溜所』。鹿児島発のウイスキーに世界が注目する理由とは?
近年、世界的な蒸留酒ブームが続いています。特に注目を集めているのが、工業的な大量生産品ではなく、“クラフト”と呼ばれる小規模ながら丁寧な酒造り。とりわけ、日本で造られるウイスキー、通称「ジャパニーズ・ウイスキー」はその象徴とも言える存在です。
ここ数年、国内のウイスキー蒸留所の数は飛躍的に伸びており、北は北海道、南は沖縄まで、113の蒸溜所が稼働中(2024年4月時点)。2014年には全国に10カ所ほどしか蒸留所がなかったことを考えると、凄まじい増加ぶりです。
この“ウイスキー熱”は、九州の鹿児島県にも広がっています。鹿児島といえば、100を越える蔵を擁する“焼酎王国”。ところが2016年頃から、地元の大手〜中堅の蔵元がウイスキーの蒸留所を次々と新設しているのです(今年2月時点で県内に10カ所)。
2017年に稼働を開始した『嘉之助蒸溜所』(鹿児島県日置市)もまた、焼酎をルーツに持つクラフト・ディスティラリー(小規模蒸留所)の一つ。1883年創業の老舗酒造会社・小正醸造が設立したウイスキー蒸留所です。

いま、この嘉之助蒸溜所の造るウイスキーに、世界から熱い視線が注がれています。4月某日、実際に鹿児島に飛んで嘉之助蒸溜所を訪ねてきたので、そのウイスキー造りの全貌をご紹介していきましょう。
海岸沿いで稼働する“日本一美しい蒸留所”

嘉之助蒸溜所は、鹿児島空港からクルマで1時間ほど、薩摩半島の西岸、日本三大砂丘の一つ、吹上浜のある海岸沿いの9千平方mという広大な敷地の上に建っています。
蒸留所に足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのは2階建ての“コの字型”の建物。これはスタッフたちがウイスキー・ツーリズムが根付くスコットランドを視察した際に、各蒸留所のデザインとホスピタリティの高さに感銘を受けて設えたという本棟で、蒸留設備のほか、ウイスキーやオリジナルグッズを販売するショップや試飲ができる『THE MELLOW BAR』も併設されています。

この嘉之助蒸溜所、2017年の蒸留所開設からわずか数年で世界的なウイスキーコンペティションで数々の賞を受賞、2021年には英国の大手酒造会社・ディアジオと長期出資契約を締結するなど、その評価はうなぎ登り。
しかし、そもそもなぜ140年以上も焼酎を造っていた小正醸造がウイスキー蒸留所を設立したのか? 小正醸造の4代目であり、嘉之助蒸溜所のマスターブレンダーを務める小正芳嗣(こまさ・よしつぐ)さんはこう話します。
「世界共通の蒸留酒であるウイスキーに挑戦し、それが認められれば、我々が4代にわたって造ってきた焼酎にも世界中から興味を持ってもらえるんじゃないか――そう思ったのが蒸留所を建てたきっかけです」

もともと、小正醸造は、オーク樽で寝かせた〈メローコヅル〉という日本初の長期貯蔵焼酎を造ってきました。これは芳嗣さんの祖父で2代目の故・小正嘉之助氏が、「ウイスキーやブランデーと同様に、焼酎も樽で熟成させればより美味しくなる」という信念のもと1957年に販売を開始した小正醸造の顔ともいえる本格焼酎。順調に販路を広げていったものの、近年は若者の焼酎離れなどを背景に、販売に苦戦していたと言います。
そんななか、2014年にスコットランドから〈メローコヅル〉を取り扱いたいと小正醸造にオファーが来ます。ところが、交渉を進めて契約寸前というところで、「味は最高だが、焼酎というカテゴリーが欧州で受け入れられるか確信が持てない」との理由で、破談になってしまったそうです。
「確かに、焼酎は欧米ではわかりにくいお酒です。世界的に見れば、ウイスキーをはじめとする蒸留酒は、アルコール度数が40度以上のものが一般的。それに対し、焼酎は25度と中途半端なんです。水や氷で割って食中酒として楽しむ文化も向こう(欧米)にはありませんからね」(芳嗣さん・以下同)

では、一体どうすれば小正醸造の焼酎が世界に認められるのか――。芳嗣さんが悩みに悩んだ末に導き出したのが、ウイスキー造りへの挑戦でした。
「だったら、こっちから打って出てやろう、と。うちには〈メローコヅル〉で培ってきた樽貯蔵と熟成、ブレンドの経験と知識があります。このノウハウは、確実にウイスキー造りに生かせるという自信がありました。そしてウイスキーの旨さが認められれば、絶対に焼酎も世界で売れる、と思ったんです」

さっそく芳嗣さんはスタッフとともにスコットランドを巡ってウイスキー蒸留所を視察するなど着々と準備を進め、2017年11月、晴れて嘉之助蒸溜所が完成しました。
効率的なウイスキー造りの設備は言うに及ばず、地元・日置市のウイスキーツーリズムの盛り上がりを見越し、見学の導線などにもこだわり抜いた最新鋭のクラフト・ディスティラリーです。
「薩摩半島西岸は、大陸からの北西風の影響で、冬場は0℃近く冷え込み、雪が舞うこともある南国ながら寒暖差のある土地。一般的にウイスキーと言えばスコッチのように寒い土地で造るイメージがありますが、この風土と気候により、熟成が早く、まろやかで味わい深いウイスキーができるんです」
背後にある吹上浜と東シナ海の雄大な風景も相まって、今や嘉之助蒸溜所は“日本一美しい蒸留所”とも呼ばれ、海外のメディアはもちろん、ウイスキー愛好家がひっきりなしに訪れる、鹿児島のホットスポットとなっています。
嘉之助蒸溜所のウイスキー造りのこだわり

芳嗣さんの理想とするウイスキーのコンセプトは、“MELLOW LAND, MELLOW WHISKY”。まろやかでリッチな味わいを目指していると言います。
「ピート香はウイスキーの重要な個性ですが、一方で、蒸留の過程でウイスキー自体の香りや味わいをマスキングしてしまう側面もあります。我々としては、焼酎造りと樽貯蔵の技術を活かし、雑味がなく、麦芽の甘みを生かしたリッチでメロウな味わいを実現すべく、ノンピート麦芽をより重視しています」
ウイスキー蒸留所の顔とも言えるポットスチル(蒸留器)ですが、一般的なクラフト・ディスティラリーは2基が多いのに対し、嘉之助蒸溜所では珍しく3基のポットスチルが稼働しています。
1基多い理由は、長きにわたり、7基もの蒸留器を使い分けて焼酎やスピリッツを造ってきた小正醸造の技術と経験を活かし、よりバリエーション豊かな原酒を生み出すため。

ポットスチルはそれぞれ、ネックの形状・容量・ラインアームの角度が異なっており、ボディのある原酒や軽やかな原酒など、個性豊かな酒質の原酒を造り分けられるようになっています。
「3基のポットスチルを稼働させることで、無限と言って良いほどの原酒の組み合わせが可能になりました。多彩な香りや味わいのウイスキーを自由自在に生み出していけるのが、うちの強みです」

また、当然ながら樽熟成にもこだわっており、シェリー、ミズナラ、バーボン、マディラ、ワイン、IPAなど多種多様な樽を備えています。特に、20年間、〈メローコヅル〉のみを熟成してきた樽の内側を焼き直したリチャーカスクは、世界に2つとないこの蒸留所の至宝と言えるでしょう。

こうした環境で生み出された嘉之助蒸溜所のウイスキーは、瞬く間に高い評価を得ていきます。以下に国内外の受賞歴の一部をざっとご紹介しましょう。
●2019年:ワールド・ウイスキー・アワード(WWA)で〈嘉之助ニューポット〉が、ベストジャパニーズニューメイクを受賞。
●2020年:〈嘉之助ニューボーン2019〉がそれぞれベストジャパニーズニューメイクを受賞。
●2021年:〈嘉之助ニューボーン 蒸留所限定 #003〉が東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)にてジャパニーズニューメイクウイスキー部門で金賞を受賞。

●2022年:嘉之助蒸溜所初のシングルモルト〈シングルモルト嘉之助2021 FIRST EDITION〉が、サンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・コンペティション(SFWSC)でダブルゴールド及びベストオブクラス(最高賞)を受賞、さらにTWSCでも最高金賞の栄誉を獲得。
2024年、初のブレンデッドウイスキーも登場

ところで、嘉之助蒸溜所から2kmほど離れた場所には、小正醸造の焼酎蔵『日置蒸溜蔵』があります。ここでは主に焼酎やジンなどが生産されているのですが、実は2020年にウイスキー製造免許を取得し、グレーンウイスキーの生産を開始。2023年11月から、初のグレーンウイスキー〈嘉之助HIOKI POT STILL〉の販売をスタートさせています。

そして、その日置蒸溜蔵のグレーン×嘉之助蒸溜所のモルト、それぞれの個性を合わせたブレンデッドウイスキー〈嘉之助DOUBLE DISTILLERY〉が、いよいよ今年2024年4月17日に発売されました。
100%日本産の“ブレンデッド・ジャパニーズ・ウイスキー”に、いま国内外から改めて大きな注目が集まっています。
『THE MELLOW BAR』で至極のウイスキーを味わう

さて、ウイスキー蒸留所の楽しみといえば、何と言ってもテイスティングでしょう。
嘉之助蒸溜所でも、事前予約制で製造工程の見学ツアーを行っており、先ほどご紹介したポットスチルをはじめ、糖化槽、発酵槽などウイスキー造りの工程を見学したのち、最後に本棟にある『THE MELLOW BAR』でテイスティングをさせてもらえます。
今回は、特別に5つのウイスキーをテイスティングさせてもらいました。その内容をご紹介していきましょう。
1.〈嘉之助ニューポット〉(ALC.63.5%)

ウイスキーは最低3年間、樽で熟成させますが、樽に入れて熟成する前の蒸留したてのウイスキーを“ニューポット”と呼びます。樽熟成前なので無色でアルコール度数も高めです。シリアル的な香ばしさが凝縮された味わいを感じます。
2.〈シングルモルト嘉之助〉(ALC.48%)
〈メローコヅル〉のリチャーカスクで熟成させた原酒を中心に、バーボン樽やシェリー樽、ワイン樽等で熟成した原酒を合わせたシングルモルトです。
ニューポットと比較すると、全体的にやわらかくまろやかな舌触り。ニスやハチミツ、梅のような香りが長い余韻を伴って残り、最後にふわりとスモーキーさも。
注目はアルコール度数。一般的なウイスキーは40〜43%が主流なので、48%というのは高めです。それには理由があると芳嗣さんは言います。
「アルコール度数が高すぎると、溶けきれない不純物が澱として残りやすくなるので、多くの蒸留所は加水して度数を下げ、さらに澱をろ過して除去するわけです。しかしその時、旨味成分も同時に除去することになります。我々は、その旨味成分を余すところなくすべて味わって欲しいという想いから、澱が出にくいギリギリのアルコール度数48%に設定しています」(芳嗣さん)

熟成期間は4年程度。例えばスコッチで言えば3〜4年ではここまでの琥珀色にはなりませんが、鹿児島・日置市という風土ではそれが叶います。つまり早熟なのです。ちなみに、とあるジャパニーズウイスキーの12年ものとほぼ同等の色合いだそう。
しかし嘉之助蒸溜所のウイスキーは、早熟な分、いわゆる“天使の分け前=エンジェルズシェア”(熟成中の樽からウイスキーが自然蒸発して減る量)も多く、減少率は6〜8%ほどもあるそう(一般的なスコッチの場合は2%前後)。「天使どころか、バッカス(ローマ神話に登場する酒の神)がいるんじゃないかと疑ってます(笑)」と芳嗣さん。
3.〈嘉之助HIOKI POT STILL〉(ALC.51%)
「イメージはアイリッシュウイスキーとバーボンのインスパイア系」と芳嗣さんが言う、日置蒸溜蔵で造るグレーンウイスキー。
原料は大麦とモルト。焼酎の単式蒸留器で2回蒸留した原酒を、バーボン造りによく使われるアメリカンホワイトオークの新樽(バージンオーク)などで熟成させています。味わいはウッディでオーキー。優しい甘さが長く続きます。
4.〈嘉之助DOUBLE DISTILLERY〉ALC.53%

2024年4月17日に抽選発売されたばかりのブレンデッド・ジャパニーズ・ウイスキー。それぞれ日置蒸溜蔵のグレーンと、嘉之助蒸溜所のモルトを、メローコヅルのリチャーカスクで3年半ほど熟成させた至極の一本。
「100%日本産と胸を張って言えるブレンデッド・ジャパニーズ・ウイスキーです。モルトと日置、それぞれの味わいを楽しんで欲しいですね。ストレートはもちろん、ロックやハイボールでも楽しめると思いますよ」と芳嗣さん。
バニラやレモングラス、メロンなどを思わせる香り、リッチでややフルーティーな香り、最後にオーキーでビターな余韻が続きます。新時代のスタンダードになりそうな予感です。
5.〈メローコヅル・エクセレンス〉(ALC.41%)
最後にいただいたのは、ウイスキーではなく焼酎。しかも嘉之助蒸溜所の原点たる〈メローコヅル〉を試飲することに。2代目・小正嘉之助氏が、戦後間もない世の中で、当時、低俗な飲み物とされていた焼酎の地位向上のため、ウイスキーやブランデーのような樽熟成を閃いたのが、この〈メローコヅル〉の始まり。
その味わいは、嘉之助蒸溜所の眼前に広がる春の海のように穏やか。そしてまろやかでフルーティー。ちなみに、嘉之助蒸溜所のウイスキーの評価の高まりに呼応するように、この〈メローコヅル〉の売れ行きも上向きになっているそう。まさに芳嗣さんの思い描いた通りの展開ですね。
まとめ

芳嗣さんによれば、いま嘉之助蒸溜所では将来的な10〜15年、30年もののビンテージウイスキー造りも見据え、原酒のストックを増やしている段階だそう。
「そのためにどれだけの原酒を残し、品質をコントロールしていくか。その“カスクマネジメント”が、ウイスキー造りの醍醐味であり、難しさでもあります」と芳嗣さん。
2024年4月時点で、嘉之助蒸溜所には最長7年ほどの原酒が眠っていると言います。今後も嘉之助蒸溜所のウイスキーから目が離せそうにありません。
●DATA
嘉之助蒸溜所
住:鹿児島県日置市日吉町神之川845-3
TEL:099-201-7700
営:10:00〜17:00(ショップは16:30まで)
休:月曜・年末年始(月曜が祝日の場合は営業)
アクセス:鹿児島市内から高速道路で35分、鹿児島空港から約60分