忍野村に佇む隠れ家的日本料理店『忍野八洲』

いざ『忍野八洲』の料理をいただく前に、なぜ今回、こちらを訪れることになったのか、その経緯に軽く触れておきたいと思います。
みなさんは山梨県が2023年から開催している「やまなし美酒・美食マンス」をご存知でしょうか? 県内の48のレストラン・宿泊施設が、県産食材を使用したコース料理とその料理に合う地酒のペアリングを提供する、旅と食が好きな人にとってはたまらない美食&美酒のイベントです(今年は2/16〜3/17まで開催)。
そしてこの『忍野八洲』もこのフェアの参加店の一つ。フェアに合わせて用意されたのは、特別なしゃぶしゃぶコース。今回は、これを味わうべく、はるばる東京からやって来たのでした。
コースの内容はと言うと、前菜に始まり、自家製ポン酢2種と特製の胡麻だれで味わう甲州牛のしゃぶしゃぶと旬の地野菜、そして〆のご飯(雑炊・うどん・そうめんから選べる)と甘味まで楽しめるフルコースです。これに、店主・天野さんが太鼓判を押す日本酒とワインを合わせていただきます。

お酒は、『井出醸造店』の日本酒〈甲斐の開運〉と、『7c | seven cedars winery(セブンシダーズワイナリー)』の甲州種のワインです。
「河口湖の湖畔にある『井出醸造店』さんの〈甲斐の開運〉は、標高850mの冷涼な気候と富士山水系の豊富かつ美味しい水で仕込まれた純米酒。柔らかな香り、きめ細かくなめらかな口当たり、しっかりとした旨味が特徴です。お好みでぬる燗にすれば、さらに味に奥行きが生まれますよ」(天野さん・以下同)

また、『セブンシダーズワイナリー』は、ワイン王国・山梨にあって、富士北麓エリア初のワイナリー。2022年に創業した小規模なワイナリーですが、いまや山梨は言うに及ばず、全国的にそのワインのクオリティが注目され始めています。
「甲州種のワインは、柑橘系の爽やかな香りときれいな酸、飲み飽きない軽やかさが特徴。和食の求める食中酒としてぴったりの味わいです」

蓬豆腐(よもぎどうふ)やチャンバラ貝の煮物、うぐいす菜の煮浸しなどで構成される前菜は、どれも奇をてらわないオーソドックスな調理法ながら、手抜かりのない凛とした旨さ。食べながら、思わず「あぁ、美味しい」と言葉がこぼれます。日本酒・ワインとの相性は言わずもがな。

そして主役の甲州牛。やわらかい肉質と豊かな風味が身上の、山梨県を代表するブランド牛です。運ばれてきた瞬間、その肉質の艶やかさ、色味の鮮やかさに思わず息を呑みました。
甲州牛を、だしを張った鍋にサッとくぐらせます。ピンクがかった状態の肉を引き上げ、実生の柚子から作る自家製ポン酢に浸していただけば、もはや言葉はいりません。ただひたすらに口中に幸福が広がっていきます。

さらに、葉玉ねぎやスイスチャード、大塚にんじん、大塚ごぼうなどの山梨県産の地野菜が美味しいこと。味が濃くて、噛むたびに旨味と甘みがじわじわと染み出してきます。
このしゃぶしゃぶと、旨味のある純米酒、そしてスッキリとしたワインがピタリと寄り添う、まさに至福のペアリング体験でした。
心ゆくまで甲州牛を味わったら、最後にお楽しみが待っています。牛肉の旨味が染み出しただし汁を雑炊にしてくれるのです。当然、『忍野八洲』ではお米も山梨産にこだわっています。

その雑炊、ダシと牛肉の旨味を吸い込んだお米の美味しさに驚かされます。この日は小雨の降りしきる肌寒い日だったのですが、ずずずっと雑炊をすするうちに自然と体がぽかぽかと温まり、内側からじんわり癒やされていきました。
コースの〆に甘味「甲州ぶどう最中」が供され、幸福すぎるコースが幕を閉じます。ぶどうとカスタードクリームがさくさくの最中に入っており、和洋の枠を越えた旨さ。

最後の最後まで手抜かりのないもてなしに、心もお腹も大満足です。しかし、このこだわり、この美味しさ、この満足感でコースの値段が6600円とは……物価高騰時代にあって、正直かなりお値打ちだと思います。
最後に、天野さんに山梨県の食材の魅力を伺ったところ、「一番の魅力は一年を通して、必ず美味しい食材が手に入ること」だと教えてくれました。
「山梨は地域によって農産物も食文化も多様です。夏と冬の寒暖差も大きく、季節ごとにどこかの地域で一番美味しいものがつくられています。春は山の恵み、夏は畑の恵み、秋は里と山の恵み、冬は清流の恵み、といった具合ですね」
山梨の美食と美酒にすっかり魅了された取材陣。1年後にもう一度、山梨を旅してみようと心に誓いつつ、幸せな気分で店を後にしたのでした。
(撮影・文◎編集部)