日本一長いチーズを作るレークヒルファームを訪ねて|北海道チーズ見聞録

今、国産チーズのクオリティの高さを牽引しているのは何と言っても北海道に数あるチーズ工房。東京・清澄白河の北海道産ナチュラルチーズ専門店「チーズのこえ」代表・今野徹さんが、北海道の工房を訪ね、チーズの美味しさの秘密に迫ります。

日本一長いチーズを作るレークヒルファームを訪ねて|北海道チーズ見聞録
食楽web

牧場そのものを伝える、日本一長いチーズの魅力

 日本一長いと言われる「レークヒルファーム(洞爺湖町)」の“ロングロングストリングチーズ”。人目を引く長さもさることながら、牛乳そのものの素晴らしさが伝わる味わいに、多くの人がとりこになっている。

「レークヒルファーム」は、放牧主体の優秀な経営を認められ、平成24年度(第51回)農林水産祭の畜産部門で内閣総理大臣賞を受賞したほか、数々の賞を受賞し、高い評価を得ている牧場だ。牧場の成り立ちは、明治35年に埼玉県奥富村より北海道札幌市に開拓入植し、初代が牧場を構えたのが始まり。その後、札幌五輪開催に向けた高速道路などの整備が行われる中、現在の社長である3代目が昭和44年、札幌市から洞爺湖近くの丘への移転を決定。現在のレークヒルファームが始まった。

 春、放牧が始まると、生乳の色は、一気に黄色味を帯びる。牧草の収穫の時期に蓄えた草が一年間の牛のエサとなるのだが、冬はその干し草を存分に食べた牛たちから、リッチな生乳がとれる。
 搾乳する牛は60頭と、北海道の酪農家としては決して規模が大きいわけではないが、この頭数を、東京ドーム約17個分にあたる78ヘクタールという恵まれた牧草地で飼っているのは珍しい。牧場内に建てられたカフェから望む洞爺湖と、背景に見える羊蹄山。これほどまでの素晴らしいロケーションは、北海道でもなかなかないだろう。

レークヒルファームは、その名の通り目の前に洞爺湖を望む。
レークヒルファームは、その名の通り目の前に洞爺湖を望む。

 この類まれな絶景の下で、製造担当の塩野谷 通さんが、父や姉夫婦が生産した素晴らしい生乳を、チーズやジェラートに情熱をもって商品に変えていく。経営体でいえば、理想の「6次産業化」。一見するとそう感じられる。しかし、牧場に併設するカフェと、加工部門を取り仕切る通さんは、「誤解を恐れずにいえば、別に僕はチーズでなくてもいいんです」と言う。

レークヒルファームの直営カフェ運営、チーズ製造の塩野谷 通さん
レークヒルファームの直営カフェ運営、チーズ製造の塩野谷 通さん

「6次産業化が流行になっているけど、農業生産、加工製造、店舗運営、デザイン、販路開拓、それぞれプロフェッショナルの世界。農家の親父が安易に手を出すべきことではない」そう言い切る言葉の裏付けとして、全国各地の地域活性化の事例の光と影を見て回り、冷静に分析をしてきた経営者としての現場力と分析力がある。

「この環境にいるからこそ、シンプルにこの土地のこと、生乳のこと、地域のことを伝えたい。『地域にこそ可能性がある』と、都会の政治家、学者、コンサルは言うけど、北海道の地域に可能性なんてない。そういう危機感を持っているんです。だからこそ、農家の立場、農家の持つ資源をうまく活用して、お金に変えていくには、手段を選んでいる猶予はないと思ってるんですよね」淡々とした語り口が、どんどん熱を帯びていく。

「僕の仕事は、この敷地の資産をいかに高めるか。そして、いかにここに外からのお客さんを連れてくるか。あらゆるアイデアを駆使したい。この借景も含めて、この場所に来たい、この場所に来なければ食べられない、というものをもっと増やしていかなければならないんです」

直営カフェでしか食べられないシュークリーム。生地もカスタードクリームも、毎朝つくっている。現地に来る楽しみが、ここにはたくさんある。
直営カフェでしか食べられないシュークリーム。生地もカスタードクリームも、毎朝つくっている。現地に来る楽しみが、ここにはたくさんある。

 レークヒルファームに隣接するカフェで提供するシュークリームは、作り置きをしない。毎朝、カスタードクリームを炊き、そしてシュー生地を焼くところから始まる。また、カフェでしか買えない「まきばの生チーズ」というフレッシュタイプのチーズもある。

「搾りたての牛乳1杯飲んでもらって1万円をもらいたいという野望はあります」

 ニヤリと笑う瞳は、しかし真剣そのもの。

「グランピングで宿泊し、焼きたてのパンと牛乳を朝食で提供する。前面に望む洞爺湖、羊蹄山の借景。さらには、牧場体験。チーズづくりをして、ピザ釜でそのチーズを使ったピザを焼くオプショナルツアーもご利用いただけます。お取り寄せや、ふるさと納税などで、誰でも手に入る“モノ”ではなく、ここでしか味わえない“コト”を提供する。チーズも、その物語のひとつです」

 気骨ある若き経営者を中心に、ピンチをチャンスに。この地域が、ますます面白くなっていく予感を感じさせてくれる。誰も考えなかった「ロングロングストリングチーズ」は、そのひとつの象徴なのかもしれない。

直営カフェの入り口にて。真ん中が塩野谷通さん。
直営カフェの入り口にて。真ん中が塩野谷通さん。

◎チーズ豆知識

パスタフィラータ
棒状のチーズ、手で裂くと断面が糸状になるストリングチーズ。国内では1980年頃から販売され、大人のおつまみ、子供のおやつとしても定着している。
ストリングチーズ、モッツァレラ、カチョカバロ、プロヴォローネなどを総称して「パスタフィラータチーズ」という。パスタは「生地」、フィラータは「糸状にする」という意味。その言葉のとおり、湯の中で練って引っ張って繊維質をつくる。
ストリングチーズは、ビールのつまみにそのまま食べてしまう、という人も多いかもしれないが、応用の可能性は無限大。カニカマのかわりにキュウリやモヤシと合わせてサラダにしたり、人参シリシリとともに棒棒鶏に添えたりと、料理にもいろいろと活用できる。

●著者プロフィール

今野徹

帯広畜産大学院を修了後、北海道庁、農林水産省を経て、2015年「100年続くものづくり、1000年続く地域づくりをともに考える」ため「株式会社FOOD VOICE」を設立。同年11月、清澄白河に日本で初めてとなる北海道産ナチュラルチーズ専門店「北海道ナチュラルチーズコンシェルジュ チーズのこえ」をオープン。単なる「チーズ屋」ではなく、チーズを通じて、作り手、牛、大地の「こえ」を届けるとともに、食べることと世界へのつながりのきっかけづくりを幅広く企画、問題提起する「場所」づくりに奔走している。