連載掌編小説【月とコーヒー】第十一話 バナナ会議

連載掌編小説【月とコーヒー】第十一話 バナナ会議
食楽web

吉田篤弘

 どんなふうにバナナを食べるかという話になったわけです。

「それはもう、それぞれでしょう」といちばん賢い猿が云いました。
「いや、だからね」といちばん若い猿が手をあげます。「それはそうなんだけど、一度、話し合ってみるっていうか、バナナに対してどんな思いを抱いているか、そのあたりも含めて意見を交換してもいいんじゃないかな、と」
「バナナはバナナだよ」といちばん性格の明るい猿が云いました。「甘くてやわらかくてすごく旨い。皮もむきやすいしね」
「そういうことじゃないんだろ」といちばん性格の暗い猿がつまらなそうに云いました。「自分にとってバナナとは何か、とかそういうことだよな?」
「まぁ、そう」と若猿。
「だからさ」と明猿。「甘くてやわらかくてすごく旨い。皮もむきやすいしね。ぼくにとってバナナはそういうものだよ」
「そういう話じゃないだろ」と暗猿。「たとえばさ──」
「たとえば?」と若猿。
「いや、わかんないけど」と暗猿。
「じゃあ、訊くけどね──」

 賢猿が森の方を見ながら云いました。

「はたして、バナナはわれわれにとって、なくてはならないものなんだろうか?」
「なくてはならないね」と明猿。
「ふうむ」と若猿。「ぼくはまぁ、そこまでのものとは思っていないけど──」
「ああ、そうだな」と暗猿が同意しました。「本当に必要なものなんて、この世に存在しないよ」
「でもさ」と明猿。「バナナを食べないと、ぼくらは生きていけないわけだし」
「本当にそうなのかな?」と暗猿。「バナナ以外のものを食べればいいんじゃないか?」

たとえば?」と賢猿。

 そこで一同は口をとざしてしまいました。この森で長らく猿生をおくってきた彼らは、バナナ以外のものを食べたことがなく、皆、この森に生まれてからずっとバナナだけを食べて生きてきたのです。

「可能性はあるんじゃないかな?」と若猿。
「たとえば?」と、いまいちど賢猿。
「そう──」と若猿はしばらく考えてから云いました。「コケモモとかさ」
「ちょっと待って、あんな赤いものを食べるのかい?」明猿が目を見張って云いました。「ぞっとしないね。それにコケモモの実はひと粒が小さいから、たくさん食べないと腹がふくれない。採集するのも時間がかかるし、すごく面倒だよ。そこへ行くと、バナナはもぎとりやすいし、一本食べれば、腹持ちがいいから、しばらくしのげる」
「じゃあ、林檎はどうかな?」と若猿。
「おい」と暗猿が歯をむいて若猿をにらみつけました。「君はいまの話を聞いていなかったのか? ぼくらは赤いものを食べるのに恐れを抱いているんだよ」
「いや、問題はまさにそこなんだな」と賢猿が静かに云いました。「これは私の憶測だけどね、どうも赤いものっていうのが、ああ見えて、じつはとんでもなく美味しいものなんじゃないかと思うんだ」
「そうかな?」と明猿。「ぼくはそう思わない。というか、赤いものが美味しいというのは、もし、仮にそれが本当だったとしても、じつは、われわれを欺く罠なんじゃないかと思ってる」
「というと?」と賢猿。
「だってね、怪我をしたら血が出るだろう?血は赤いよね。あれはつまり、危険だぞって、いちばん鮮やかな色で教えてくれているんだよ」
「誰が?」
「誰がって──神様かな」
「いや、ぼくはね」と若猿が賢猿と明猿のあいだに割ってはいりました。「ぼくが赤いものに懐疑的なのはね──」
「あれ? 君も懐疑的なんだっけ?」と暗猿。
「そうだね。ぼくが思うに、赤いといえば、僕らの尻だよ。熟れた桃を見てごらん。まったくわれわれの尻そのものじゃないか。いくら旨いからといって、尻によく似たものを口にするのはぼくのプライドが許さない」
「なるほど」と賢猿。「それは説得力がある」
「そう云う君はどう考えているんだ? なぜ、赤いものが美味しいんじゃないかと思ったんだ?」

 暗猿が目を細めて賢猿を問い質しました。

「いや、多くの果実が最初は白や黄色や緑だったのに、いつのまにか、みるみる赤くなってゆくだろう? あれを私は成熟と見ているんだよ。子供が大人になるのと同じで──」
「ほう?」と暗猿。「じゃあ、君は子供より大人の方が味がいいと云いたいんだ?」
「まぁ、そういうことになるかな」
「じつに君らしい考え方だよ。若はどう思う?」
「ぼくはもちろん若々しいのがいちばんだと思うね。バナナもさ、ちょっとまだ若くて青いやつ、あれがいちばん美味しいもの。熟れすぎたバナナは、なんというか、接着剤みたいな鼻につんとくる感じがある」
「ほう?」と暗猿。「君は接着剤を食べたことがあるのか」
「昔ね。それこそ子供のころ。街へ出たときに、ゴミ捨て場にころがっているのを見つけて──」
「まさか、君はあんなものに噛りついたのか」
「いや、子供のころの話だよ? 子供のころは何でも食べちゃうじゃない?」
「いや、おれは子供のころからバナナしか食べたことがないぞ」暗猿が毅然として云い放ちました。「うちはおやじがきびしかったから、そのへんにころがっているものは決して食べてはいかん、とこっぴどく云われて育った──」
「ああ」と若猿。「ぼくは物心ついたときにはもう親がいなかったからさ、そこんところは自由にしてる。というか、ぼくのような自由な猿こそが次の可能性を見出すんじゃないかと思ってる」
「ほう」と暗猿。「それじゃあ、おれにはまるで可能性がないみたいじゃないか」
「そうだね」と若猿。「悪いけど、一理あるかもしれない。思うに、食べることは冒険のひとつでさ、動物に冒険はつきものなんだよ。だから、あたらしいものにチャレンジするのは悪いことじゃないと思う。ただね、赤いものは、なにしろぼくらの尻の色だから──」