連載掌編小説【月とコーヒー】第九話 ミヤンザワ・キートン

吉田篤弘

【月とコーヒー】第九話 ミヤンザワ・キートン
食楽web

 ミヤンザワ・キートンという六十二歳になる医師がいて、この人は顎関節の治療を専門とし、わかりやすく云うと、アゴがはずれてしまった患者を、なるべくすみやかに元どおりに治す熟練者にして専門医なのでした。

 ミヤンザワ・キートンが院長をつとめる〈ミヤンザワ顎病院〉は大変な人気を誇り、連日、アゴをはずした老若男女が朝から夕方まで行列を成しています。

 この異様なまでの需要には秘密がありました。

 まずは、アゴをはずしてしまう人が非常に増えたこと。これはもう驚くばかりの数字が〈サワンジリ統計学会〉から発表されており、五年前は一年に二千人ほどであったのが、現在はじつに三万人もの人たちが、日々、アゴをはずしているのです。

 理由はさまざまな説が挙げられていますが、最も有力であるのは、この国に暮らす皆さんが、とてもおいしいものを、とてつもなく沢山、いちどきに食してしまうからでした。

 平たく申し上げれば、どう見積もっても、いっぺんでは口の中におさまるはずのない大量の五目炒飯やナポリタンやドライカレーといったものを、逸る気持ちをどうしても抑えられず、一挙に口の中に放り込もうとします。

 その結果、この暴挙に対処すべく、通常の一・五倍から二倍にまで及ぶ大きさに口が開かれ、その不当と云うしかない開口に、アゴの関節が耐え切れなくなって、はずれてしまうわけです。

 無論のこと、はずれたものは元どおりにしなくてはなりません。そして、その道における最高の知識と技術を持ったドクターがミヤンザワ・キートン院長なのでした。

 さらに申し上げれば、〈ミヤンザワ顎病院〉には他の医院にはない、ある特別な装置が用意されていました。これは〈顎関節矯正ベルト〉と呼ばれているもので、院長はこの名称の面倒な部分を大いに省略し、誰にでもわかるよう「ベルト」と簡潔に呼んでいます。

「わたしは若いころ、青春のすべてを捧げてこのベルトを発明したのである。それはひとえに、アゴがはずれて苦しんでいる人たちを、すみやかに救いたいという思いからなのであった」

 院長は話をするときに、常に自分の自叙伝を書くようにして話すのが特徴でした。たとえば──、

「わたしは自分が六十二歳になったとき、わたしの医院から歩いて二分ほどの距離にある洋菓子店で昔ながらのエクレアを購入するのが習慣となっていた。あれはたしか六月二十六日の午後三時ごろのことであったが、わたしはその日も休憩の時間にエクレアを購入し、濃い目にいれたお茶と共に大変おいしくいただいたのであった」

 と、そんなことをほとんど独り言のように、六月二十六日の午後三時ごろに申し述べ、「では」と医院を出て、歩いて二分の洋菓子店へ出向くのでした。

 いえ、待ってください、そんなことはどうでもいいのです。いまは、院長がおやつとして食したエクレアが、どれほど素晴らしいものであったかはさておき、院長が青春のすべてを懸けて発明した「ベルト」の偉大さをご理解いただきたいのです。

 それはもう、大変に驚くべき威力を発揮する人智の結晶であり、おそろしいばかりに途轍もなく目ざましい効果をあげる最上の装置です。

 一見、幅十センチ、長さ三メートルほどのゴム製のベルトが、ハンモックを吊るす要領で天井からぶら下がっているように見えます。実際、ただそれだけのことなのですが、患者はそのベルトにアゴをのせ、しかるのちに、ベルトは電気の力によって激しく振動を始めます。それ以上のことは何ひとつありません。ただ、それだけです。

 しかし、この単純きわまりない装置がじつに絶大な効果を発揮し、わずか三十秒ほどで、見事、はずれたアゴは、元どおりの「はずれていないアゴ」に戻ります。

「なによりシンプルであることが肝要ではないかと、わたしはそう思ったのである」

 院長は患者の皆さんひとりひとりにそう説明するのでした。なぜなら、医院を訪れてベルトを目にした人たちは、誰もがその単純きわまりない仕掛けに、あからさまな不審を示すからです。

「一見、ただのゴムベルトであるように見せかけ、その実、本当にただのゴムベルトであるという驚き。これこそ、わたしが皆さんに仕掛けた、いわゆるどんでん返しなのであった」

 院長の説明は、もうひとつ何を云っているのかわかりませんでしたが、とにかくはずれたアゴがすぐに治るので、患者たちは、皆、大いに満足して、院長を褒めたたえるのでした。