連載掌編小説【月とコーヒー】第二十一話 セーターの袖の小さな穴

吉田篤弘

【月とコーヒー】第二十一話 セーターの袖の小さな穴
食楽web

 ぼくは仕事を失ったのでした。ずいぶん長いあいだつづけてきた仕事でありましたが、ある日、「もう、やらなくていいんだよ」と云い渡されて、それで終わりでした。

 ぼくはしかし不思議と悲しくはなく、少しのあいだであれば蓄えがあるし、これまで一度も休暇というものを経験したことがなかったので、次の仕事を見つけるまで、旅行にでも出て、しばらく何も考えずに過ごすのはどうだろうかと思い立ったのです。

 ぼくは子供のころから楽天的な人間でした。楽天的であるというのはどういうことかと云うと、苦境に陥ったときに、その苦境の中に、何かしら楽しめるものを見つけるということです。

 仕事をしなくていいのなら旅に出よう──。

 そういうことです。ぼくは毎日決まった時間に起きて、決まった時間に仕事場へ行って、朝から夜まで休みなく働いていました。ですから、旅行というものと縁遠く、具体的に云うと、飛行機にも船にも特別急行列車にも乗ったことがありません。

「さて」とぼくは自分に訊きました。「お前はいま、どこへ行きたいのだ?」

 遠いところか。たとえば、飛行機に乗って地球の裏側まで行くことだって、いまなら出来る。このことはよくよく肝に銘じなくてはならない。「いまなら出来る」ということだ。いずれまた仕事をするようになったら──楽天的なぼくは、きっとそうなると信じているのですが──そのときはもう旅行に出ようなんて思わなくなる。そういう性格なのです。仕事をしているときは仕事のことだけを考え、旅行をしているときは旅行のことだけを考えていたい。

 だから、いましかない。いまなら出来ます。

 丸二日間考えて、ぼくの出した結論は、旅先は「遠いところ」ではなく、「特急列車に乗って三時間くらいで行けるところ」というものでした。それも、山奥や海べりではなく、いま住んでいる街とさして変わらない街に行ってみたい──。

 というのも、ぼくは仕事に集中するあまり、ほとんど引っ越しというものをしたことがないのです。これまでの人生の大半を、いま住んでいる街で過ごしてきました。ですから、他の街というものに興味があるのです。

 それに、旅先が普通の街であれば、何も持って行く必要がありません。いつも使っている鞄にいつも持ち歩いているものを入れ、つまりは仕事に出かけるときと同じ装備で出かければいい。必要なものがあれば──たとえば、新しいセーターが欲しくなったら、その街の洋品店で買えばいいわけです。

 じつは、セーターの袖に小さな穴があいていて、こういう小さな穴から始まって、いつのまにか取り返しのつかない壊滅に至るという経験がこれまでに何度かありました。ですから、セーターはそろそろ買い替えた方がいいと思われます。いや、どうせ買い替えると決まっているのなら、いますぐ買い替えた方がいいかもしれません──。

 ぼくは自分のアパートからすぐそこの駅前商店街に出ると、以前、ワイシャツを買ったことがある〈オノダ洋品店〉に向かいました。

 ところがです。ぼくが仕事に集中した日々を送っていたあいだに、どうやら〈オノダ洋品店〉は壊滅してしまったようでした。たしかここにあったはず、という場所は更地となり、おそらく、〈オノダ洋品店〉は最初の「小さな穴」に気づかなかったのでしょう。

(よし、それなら──)

 こういうときは気持ちの切り替えが大切です。ぼくはそのまま駅へ向かい、私鉄電車に乗って、三駅はなれた〈真倉〉という隣街に向かいました。それは、ぼくが仕事場に通うのとは逆の方向で、じつを云うと、ぼくはそちら方面に向かう電車に乗ったことが一度もありませんでした。要は何の用事もなかったのです。買い物はすべて駅前の商店街で済ませていましたし、趣味は読書ですから、自分の家か商店街の喫茶店などで本を読むのみです。

 車にも自転車にも乗らず、スポーツやギャンブルといったものにも興味がありません。友人はいますが、彼はいま外国の大きな会社で働いているので、もう何年も会っていません。仕事以外で誰と会うこともありませんし、そうなると、本当にどこへも行く必要がない。たとえ、それがすぐ近くの隣街であってもです──。

 しかし、〈真倉〉駅を降りて駅前のロータリーに立ったとき、(そういえば)と子供のころに一度だけ歩いて〈真倉〉まで来たことがあったのを思い出しました。街の様子はそのときと比べてだいぶ変わっているようでしたが、風景のそこかしこに記憶の底に埋もれていたものが反応し、何の変哲もない商店街が、いちいち感慨深く目に映りました。