連載掌編小説【月とコーヒー】第十九話 三人の年老いた泥棒

吉田篤弘

【月とコーヒー】第十九話 三人の年老いた泥棒
食楽web

 泥棒です。

 月の光を浴びていました。

 三人組なのです。いつからでしょう、もう長いあいだ、この三人で泥棒をしてきました。そして、三人は年老いたのです。

 年老いた泥棒です。

 三人の年老いた泥棒ということになるでしょうか。泥棒というのは、世間の皆さまに顔を見せてはならないのです。そう胸に刻んで長い時を過ごしてきましたので、三人には、もう顔というものがなくなり、頭部のかたちはそこにあるのですが、目鼻や口といったものは、最早、判然としません。

 若いときは、三人それぞれに体の特徴というものがありました。痩せていたり、少し太っていたり、背が低かったり、髪が短かったり長かったり──。

 しかし、いつからか三人は同じ体つきの同じ背丈の同じ髪型をした三人になりました。はっきり云ってしまうと、ただ黒いばかりの三つの影になってしまったのです。

 手足がひょろりとして、申し訳程度に頭に小さな帽子をのせ、まったく同じ姿かたちの影が三つ、月の下で何やら話し合っています。

「さぁ、今夜はどうしよう?」
「いったい、何を盗んだらいいのやら」
「いや、もう盗みたいものなど、ひとつもないよ。もう沢山だ」
「いや、しかし──」
「われわれは泥棒なのだから」
「そう。泥棒であるからには、何かしら盗まなければ──」
「それが仕事だからね」

 三人は疲れきっていました。彼らはすでにこの世から、ありとあらゆるものを盗んでおり、「ありとあらゆる」というのは、この世のすべて、という意味で、そのとおり、彼らはこの世のすべてを手に入れ、もう何も盗むものがないのです。

 のみならず、何かが「欲しい」とか、何かを「手に入れたい」とか、「自分のものにしたい」、「所有したい」といった欲望そのものが消えていました。

 ですから、単に自分たちが泥棒でありつづけるために、盗む仕事をつづけているというのが本当のところなのです。



「じゃあ、こういうのはどうだ」と三人の泥棒のうちの一人が云いました。「美術館に展示された絵の中から、夜空にまたたいている星だけを盗みとるのだ」

「なるほど」ともう一人。「絵を盗むのではなく、絵の中の星だけを盗むのだな」
「いいね」ともう一人。
「よし、決まりだ」

 さっそく三人は町はずれにある美術館へ向かいました。

 彼らはこれまでに、この美術館からさまざまな絵画や彫刻を盗んでいましたから、警備の目を盗んで忍び込むことはお手のもので、絵の一枚や二枚なら、鼻唄まじりで持ち去ることが出来るのです。

 しかし、絵をそのまま持ち去るのではなく、星だけを取り出して盗みとっていくのですから、これまでと少し勝手が違います。

 三人はするりと館内に侵入し、まずは何が展示されているのかを確認しました。

 すると、現在は、

〈D町の画家たちによるD町の百年〉

 という展覧会が開かれており、〈D町〉というのは、この美術館のある、まさにこの町のことですから、この町に生きる──あるいは「生きた」──画家たちが、自らの町を描いた絵画展ということになります。

「悪くないね」と泥棒の一人が満足そうに云いました。
「うんうん。つまりさ──」
「絵の中に描かれているのは、この町の百年ということだな」
「そのとおり。そして俺らがいただいていくのは」
「この町の百年の空に輝いた──」
「百年分の星だ」
「いいね」

 彼らは三つの影となり、展示室を隈なく歩きまわって、特殊な眼鏡で展示してある絵を一枚一枚確認していきました。

 この特殊な眼鏡は暗闇の中でも昼間のように明るく見える魔法の眼鏡で、これもまた、どこかの科学研究所から盗み出してきたものでした。

「見えるか?」
「ああ、見えるよ」
「しかし、ざっと見た感じでは夜空を描いた絵は、そうあるものではないな──」
「ふむ。確かに」
「しかし、沢山あったらあったで困りものではないか」
「それもまた確かに──」

 そうなのでした。

 たとえば、「満天の星」などという絵があったら、その絵の中に描かれた星は数えきれないほどの数になります。それをひとつひとつ取り出さなくてはならないのですから、大仕事になります。

「全部、盗まなくてもいいんじゃないか?」
「いや、それでは面白くないよ。俺たちはいつだって、狙った獲物は根こそぎありったけいただいていくのが流儀だ」

「そうだな」
「そうだよ」