初夏の休日は「ソングバード」のビールとともに。【房総food記】

アメリカのブルワリーで学んだ、
手作業でのビール醸造。

「ソングバード」の醸造家・中島恭平さんがビールの道に進んだのは、東京・両国の老舗ビアパブ「麦酒倶楽部 POPEYE」での学生時代のアルバイトがきっかけでした。それまでは、ビールといえば国内大手の銘柄しか知らなかった中島さんは、この店で、たくさんの国産および海外の地ビールに出会います。ビールについての知識が増えるにつれ、アメリカでは自家醸造ができるということを知った中島さんは、いつしか自分でもビールをつくってみたいと思うように。そして、ビールに開眼してまずおいしいと感じたアメリカのブルワリーで働くことを夢見るようになります。

 そこで大学を卒業後、カナダへの英語留学を終えたあとに、手当たり次第にアメリカのブルワリーに働かせて欲しいと猛アプローチ。その中で唯一受け入れてくれたのが、カリフォルニア州ナパにある「ダウンタウンジョーズ」というブルワリーでした。

「ビール醸造って、機械化しようと思えばできてしまうんです。でも、そこのブルワリーは結構昔からやっているところで、醸造も手作業がメインで、仕込みの設備も手づくり感のある機械を使い、アナログな醸造を続けているところでした。そういうビールづくりが経験できたことは、本当によかった」

 おまけに、2ヶ月間の修業を許可してもらえたことで、通常1ヶ月かかるビール醸造のすべての工程を、最初から最後まで学ぶことができたのも大きな収穫だったといいます。

「1ヶ月だけしかいられなかったら、自分で仕込んだビールを飲むこともできなかったわけですから。2ヶ月いさせてもらえたおかげで、他の種類のビールの仕込みにも携われました」

 こうしてアメリカでのビール醸造修業を終えて帰国した中島さんは、「麦酒倶楽部 POPEYE」の同僚だった妻・モナミさんと結婚。モナミさんの祖父の家があった縁で、2015年に木更津市内に念願のブルワリーを開業します。ビール醸造に欠かせない排水施設のある物件(元はラーメン店)が運良く見つかったことも大きかったといいます。

初夏の休日は「ソングバード」のビールとともに。【房総food記02】

「ソングバード」のビールづくりは、ビール醸造では珍しい開放式のタンクで行われる。「通常は雑菌が入るのを防ぐために密閉式のタンクが一般的なのですが、発酵中は二酸化炭素が出ているので実際は汚染の心配はないですし、酵母が元気に動いている様子を自分の目で確認できる開放式のタンクを使っています」。中の酵母も、密閉された状態よりも自由にストレスなく発酵できるという。

 当初はインパクトのあるアメリカのビールの味わいを好んでいた中島さんですが、色々なビールを飲むうちに、ベルギービールの複雑さと面白さに魅せられていきます。

「ベルギービールは、味わい深いというか飲み飽きないビールなんですよ。同じ銘柄でも日によって味が変わるし、つくるのも難しいんですけど、不安定で繊細な分、やりがいがありますね。それに、副原料で味わいに幅を出せるのもすごく面白いんです」

千葉県産の農産物を副原料に、
ビールに自分の色を出す。

 現在は、ベルギービール主体で醸造している中島さん。副原料には、千葉県産のものを使っています。

「木更津にブルワリーを構えたのは偶然なんですが、ここにはイチゴもあるしブルーベリーもあるし、果物が豊富なんですよ。ビールづくりをしていると、余計に千葉県の農作物の豊かさを感じますね」

 おまけに、これらの副原料は、親切なご近所さんや県内の友人のおかげで、いろいろと集まってくるのだそう。

「こういうのを探してるっていうと、誰かが見つけて持ってきてくれるんです」(中島さん)。
「そうそう。初夏には夏みかんのビールが出るんですが、それもお店のお向かいさんの家で採れたものを一部使わせてもらってるんです。ビール好きな方なのでふらりと飲みにきてくれることもあるんですよ。それで、“こんな味わいのビールになりました”って飲んでもらったりして」(モナミさん)。

 麦芽やホップはほぼ輸入物に頼っていますが、水は木更津の水を水質調整などをせずにそのままの状態で使っています。

 というのも、現在ビール醸造ではつくりたいビールに合わせて人工的に水質調整を行うことが一般的。しかし、木更津の日常の水を使うことで、その土地のものを生かして個性あるビールをつくりたいという「ソングバード」の思いが伝わってきます。

初夏の休日は「ソングバード」のビールとともに。【房総food記02】

こちらが特製の“木更津の野生酵母”。この野生酵母を使ったビールが、紫色のラベルの「ブレッタ・テーブルビア」。「酵母と一緒に暮らしているようなものなので、見ただけで健康な酵母かどうかわかります」と中島さん。

 現在、開業から3年目に突入した「ソングバード」。中島さんもますますビールづくりが楽しくて仕方がないようです。

「2年が経って、このブルワリーの条件下でつくれるビールの作業がようやくつかめてきた感じです。でも、まだまだ試したいことがいっぱい。こんな味にしてみたいとか、いつも頭のどこかにビールのことがあります」

初夏の休日は「ソングバード」のビールとともに。【房総food記02】

昨年からは、「ブロンド」に、国産のリーフホップ「信州早生」を試験的に使っている。「ホップの中にあるこの黄色い部分がルプリン。苦味や香りの成分が詰まっている、ビールの風味の肝になる部分です」

初夏の休日は「ソングバード」のビールとともに。【房総food記02】

仕込みから完成までは通常1ヶ月ほどかかる。銘柄によっては、樽詰め後に長く発酵させて、味の調整をするものもある。「出来たてばかりがおいしいわけじゃないんですよ。熟成させてから飲んだ方が、酵母の状態が落ち着いておいしくなるものもあります」。醸造所の中には、これからリリース予定の樽も多く置かれていた。