呑んベえの聖地・京成立石に誕生した新世代の名酒場『ブンカ堂』とは?

名酒場『ブンカ堂』ができるまで

「今、何やってる? 一緒にやんない?」
「え? トシくん、いつから?」
「今日!」

 その電話がすべての始まりだった。電話の主は、立石仲見世で30余年続くおでん種専門店の2代目、日高寿博さん。相手は、今回の主役『ブンカ堂』の西村浩志さんだ。

 トリュフォーとゴダールが出会ってヌーヴェルバーグが始まったように、ミックとキースが出会って、ローリングストーンズが生まれたように、立石の明日はその瞬間に始まった。もつ焼き、立食い鮨、うどんに餃子、濃い甲類焼酎。立石の街は、今も昔も庶民たちの欲望を優しく抱き締める街だ。

 地元で生まれ育った二人は、髪を切る場所も一緒だったし、昔から顔見知りだった。日高さんが、実家のおでん屋の閉店後に、P箱を並べて、よしずで囲い、ファントムな深夜酒場を始めた時には週5日通った。二人は缶ビールとコップ酒片手に、置きたい酒やつまみについて、時を忘れて語り続けた。やがて、隣りの倉庫が空いた時、日高さんは飲食業の先輩でもある西村さんに声をかける。

 立石を変えた店『二毛作』(現在の『おでん丸忠』) のスタートだ。燗酒が大好きだった西村さんは、広島の竹鶴や埼玉の神亀、奈良のどぶなど、貴重な銘柄を蔵元まで訪ねて並べた。日高さんはフェスティバンなどの自然派ワインのイベントへ積極的に参加して、多くの先輩たちの薫陶の元、内外の希少な自然派ワインを集めた。

 店の斜向かいにある立石の名店『宇ち゛多』の3代目・朋一郎氏からは、「宇ち゛多より」と染め抜いた暖簾も贈られる。その五文字は、立石では水戸黄門のご印籠並のオーラを放った。かくして老舗のもつ焼き帰りの客が自然派ワインを飲み、二人の店目当ての立石ビギナーたちが街を回遊するようになり、立石の第2章が始まる。

 その後、線路の側で日高さんが新『二毛作』を開き、西村さんが『丸忠』の名で店を継続。満を持して、昨年のクリスマスシーズン、『ブンカ堂』を開いた。

 木とガラスを多用した外装、赤と青の金魚が遊ぶ白いパネルに嵌め込まれた店の看板、昭和レトロな建具や照明。それはソフトで優しく、どこかフワリとした西村さんのムードそのままだ。かつての店でお馴染みだった狭いコの字カウンターも、少し広くなって店の真ん中に鎮座。小中学校の先輩である朋一郎氏からは、もちろん神暖簾も寄贈してもらった。

 生まれながらの名店としてスタートした『ブンカ堂』は、20年後間違いなく、立石を代表する名酒場になっているはずだ。そんなことにはお構いなく、今日も飄々と接客する西村さん。自然派ワインや、蔵付の酵母で造られる、自然な造りの日本酒たち。「浅漬けのヨーグルト和え」や鰹出汁が効いた「豚舌の塩煮込」など、繊細でいて力強いつまみの数々。『ブンカ堂』は15時の開店と同時に、続々と客が暖簾を潜って入って来る。

「浅漬けのヨーグルト和え」400円、「生酉元(きもと/酉元は本来1つの漢字。酉偏に元)のどぶ」750円
「浅漬けのヨーグルト和え」400円、「生酉元(きもと/酉元は本来1つの漢字。酉偏に元)のどぶ」750円
「豚タン塩煮込み」600円
「豚タン塩煮込み」600円

「宇ち゛多より」の文字を見て入って来たという、島根からのサラリーマン二人組、立石を拠点として活動を続けるアーティストたち、地元の先輩、酒場巡りにやって来た若い女性たち。

 その真ん中にはいつも、ホスピタリティに満ちた西村さんの接客がある。細長いコの字カウンターを駆け回り、酒を注ぎ、つまみをサーヴし、その合間には厨房もこなす、ライブ感溢れた『ブンカ堂』の空間は、いつも客たちの笑顔で満たされている。

 店名の由来は、西村さんの祖父から両親へと継がれたオモチャ屋さんの名前だという。酒場となって生き続ける『ブンカ堂』は、大人のワンダーランド立石に生まれた新しいオモチャ屋なのかもしれない。

(撮影◎Sono)

●SHOP INFO

ブンカ堂 外観

店名:ブンカ堂

住:東京都葛飾区立石4-27-9
TEL:03-5654-9633
営:15:00~24:00、日・祝15:00~22:00
休:不定休

●プロフィール

酒の賢人・著者/森 一起

コピーライティングから、ネーミング、作詞まで文章全般に関わる。『料理通信』創刊時から続く長寿連載のほか、食サイトdressingやpen on lineでも連載執筆中。蒼井優の主演映画「ニライカナイからの手紙」では主題歌「太陽(てぃだ)ぬ花」を作詞した。

※当記事は『食楽』2019年秋号の記事を再構成したものです