野菜農家「キレド」がある幸せ<後編>【房総food記】

サラリーマンから農家への転身

 そんな創造性に溢れた農業を展開するクリタさんですが、以前は家電メーカーに勤めるエンジニアでした。

 現在畑のある四街道市で育ち、学生時代は九州・福岡へ。その後就職で石川・金沢へと赴いた時に、運命の出会いをします。

「元々食べることが好きだったんですけど、ある時通っていたお店のシェフに誘われて、野菜を仕入れている畑に行ったんです。そしたらそこが、見たこともない野菜ばかり植わっている外国みたいな畑で、作っている農家の中野さんという方もすごく面白い方で!」

 その中野さんと仲良くなりたい一心で、突然家庭菜園を始めてしまったクリタさん。サラリーマン生活の傍、中野さんに野菜作りを教わるという2足のわらじ生活を続けたあと、本格的に農家になることを決意します。その決断には、野菜で繋がる農家とシェフたちの豊かなネットワークに魅せられたことも大きかったといいます。「それに、それまで超夜型人間だったのに、畑に行くのが楽しくてたまらなくて、農家に向いているのかもしれないなと思ったんです」

 時を同じくして、たまたま貸家にしていた四街道市の実家が空くことになります。さらに、そこからほど近い八街市で、一流シェフたちに信頼される飲食店専門農園「シェフズガーデン エコファーム アサノ GOEN」を営む浅野悦男さんの存在を知り、本格的な農業指導を受けられることに。その後、2012年に独立し、実家のある四街道市で農家「キレド」をスタートさせました。

野菜農家「キレド」がある幸せ<後編>【房総food記01】

「千葉はなんでも育てやすい土壌だと思います。こういう大小さまざまな粒子を含んだ土は、水持ちもよくて、同時に水はけもいい。千葉県をはじめとする関東ローム層には、こういう土が多いんですよ」。

 クリタさんにとって幸運だったのは、師匠である中野さんと浅野さんが、ともに同じような哲学の元で野菜作りをしていたことでした。

「二人とも、肥料をやりすぎず、原産地の環境になるべく近い条件で栽培することを大切にしていました」。

 その教えを守るクリタさんも、ミネラル分の多い肥料を使い、みずみずしく、切っただけでおいしい野菜を作ることを信条としています。

「切っただけでおいしい野菜を作れば、料理はもっと簡単においしくできるでしょう?そしたら楽しいじゃないですか」。

 再び、食いしん坊の顔で微笑みます。

地域に根づいた畑をめざして

「まさか再び千葉に戻ってくることになるとは思っていなかったんですけど(笑)、今は、もっと地元に根付いていきたいなと思っています。千葉のいいところは、住宅街のすぐそばに畑があること。家から歩いていける距離に、美しい畑と、その畑で採れたおいしいものを買えたり食べたりできるお店がセットで存在していたら、理想的ですよね。そういう場所がもっと増えていくといいなと思います」

 現在は、畑の一角にハーブガーデンを造成中。早ければ4月中旬にも完成予定だといいます。

「畑の景観をもっとよくして、地元の方が、散歩中に立ち寄ってくれるようになったらいいなと思っているんです。地域の人にとってもかけがえのない場所に育てていくことが、長く畑を続けていくためにも大切なことですから」

野菜農家「キレド」がある幸せ<後編>【房総food記01】

畑に佇む愛らしい小屋は、休憩スペース兼仕事場。千葉県山武市で活動する林業団体「WO-un」の設計・施工で、山武杉を使って建てられた。

 千葉市や四街道市に多い、住宅街の中に点在する畑。それらを生かして、生活と畑がもっと近い存在になれたらいいと語るクリタさんの言葉を聞いていると、それまで地元・千葉市に対して抱いていた後ろ向きなイメージが一変し、ワクワクしてきます。

 「常にアイディアとともに農業をしていきたい」と語るその姿が、花盛りの野菜の花芽と重なって、まぶしく見えました。

 この畑から、きっと街のイメージが新しく楽しい方向に変わっていく。そんな可能性を感じさせてくれる、「キレド」クリタさんの野菜畑なのです。

野菜農家「キレド」がある幸せ<後編>【房総food記01】

クリタさんの畑全景。左手に見えるのが出荷場、中央が山武杉の休憩小屋。この畑も偶然の出会いから運よく借りられた敷地だという。「僕たちは縁に恵まれています」。

●SHOP INFO

「キレド」の畑見学、宅配野菜の申込などはHP参照
http://www.kiredo.com/
直営カフェ「キレドベジタブルアトリエ」のデータは<前編>をご確認ください。

●著者プロフィール

白井いち恵

千葉市育ち&在住の編集者・ライター。『千葉の本』『千葉の本2』(ともに京阪神エルマガジン社)を手がけ、出身地・千葉県の知られざるおいしい&楽しいを大特集した。路線バス好きでもあり、著書に『東京バス散歩』(同上)。房総のおすすめ路線は天羽日東バス。