山形イチの超行列ラーメン店『龍上海』で伝説の「からみそラーメン」を食べてきた!

強いパンチだけでなく、繊細な味の設計を感じさせる絶品ラーメン!

日本屈指の「ラーメン県」山形で絶大な支持を受け、その名を全国に知らしめる『龍上海』。同店の代表メニュー「赤湯からみそラーメン」950円(税込)
日本屈指の「ラーメン県」山形で絶大な支持を受け、その名を全国に知らしめる『龍上海』。同店の代表メニュー「赤湯からみそラーメン」950円(税込)

 平日の繁忙時間帯はもちろん、土日祝日ともなれば、とんでもない行列となる『龍上海』の赤湯本店。商店が少ない静かな温泉街に、突然長蛇の列ができている様子は、何も知らなければ衝撃を受けるはずです。

『龍上海』のメニューには醤油味の「赤湯ラーメン」や「冷やし中華」もありますが、大半のお客さんが注文するのが「赤湯からみそラーメン」。もちろん筆者もこの味を求めて、また来てしまったという次第です。並ぶこと数十分、ようやく店内に入ると、いかにも香ばしいガラ、魚介などの出汁の香りが強く漂ってきます。

そのコク深くオイリーな味噌味は、一度食べたらヤミツキに!
そのコク深くオイリーな味噌味は、一度食べたらヤミツキに!

 注文後サーブされた「赤湯からみそラーメン」はコク深いスープをベースに味噌、にんにく、香味油が加えられたもので、その真ん中には自分で崩して楽しむ「辛みそ」が乗っています。さっそくいただきましたが、オイリーな味噌スープは確かにパンチが強いものの、よく味わってみると、実に繊細な味の設計がなされていることが伝わってきます。

極太の強いウェーブのかかった自家製麺が絶品スープを持ち上げる!
極太の強いウェーブのかかった自家製麺が絶品スープを持ち上げる!

 また、このスープを持ち上げるような強いウェーブがかかった自家製の極太麺も美味しく、『龍上海』特有のものです。

(左)豚バラ肉を丁寧に煮込んだチャーシュー。(右)後半で「辛みそ」を崩すことで、味変!
(左)豚バラ肉を丁寧に煮込んだチャーシュー。(右)後半で「辛みそ」を崩すことで、味変!

 国産豚のバラ肉は、特製醤油でじっくりと煮込んだトロトロのチャーシューと合わせていただけば至福の味わいになります。しかし、これだけでは終わらないのが「赤湯からみそラーメン」で、前述の「辛みそ」を食べる後半で崩し、スープ全体に馴染ませることで、さらにパンチある味に変化させることができます。

今から64年前の開店当時は、ご飯ものがメインの食堂だった!

『龍上海』三代目・佐藤元保さん
『龍上海』三代目・佐藤元保さん

 ラーメンの特性を守りながら、一つの丼でどれだけその味を飛躍させることができるか。『龍上海』の「赤湯からみそラーメン」は、そのお手本のようなラーメンで、とにかく癖になります。

 その名を全国に知らしめる『龍上海』ですが、名物「赤湯からみそラーメン」はどういった背景から考案されたものだったのでしょうか? 三代目店主・佐藤元保さんに聞きました。

「私の祖父にあたる初代が1958年に『龍上海』をここ赤湯に開店しました。当時は、カレーやカツ丼といったご飯ものを出す食堂でしたが、当初からラーメンもメニューに加えていました。地元では、当時のラーメンは寿司と並ぶほど高価なものだったそうです。このため、初代は『お客さまに、特別にラーメンをお出ししたい』という思いがあったようですが、その思いに反してなかなか売り切れずスープが残ることが多かったようです。そのまま捨てるのはもったいないですし、栄養価も高いので、家の食卓で味噌汁にして飲んでみたそうで、これが『赤湯からみそラーメン』の原型になりました」(『龍上海』佐藤元保さん)

札幌と同時期に誕生した『龍上海』の味噌ラーメン

開店した頃の『龍上海』(『上海食堂』と呼ばれていた)
開店した頃の『龍上海』(『上海食堂』と呼ばれていた)

 同時期、二代目は家の食卓にたびたび出される「ラーメンスープの味噌汁」を、ラーメンにして食べることがあったそうです。後に初代は、この食べ方を見て「これはウケるかもしれない」とひらめき、試行錯誤を重ね、『龍上海』で出す味噌ラーメンの考案に至ります。開店から2年後の1960年のことで、紛れもなくこれが「赤湯からみそラーメン」です。ただし、メニューに加えた当初は意外なことにさして売れなかったそうです。

「今から62年ほど前のことで、『味噌ラーメン』というものに馴染みが薄かったからだと思います。当時は札幌でも味噌ラーメンが定着しておらず、『赤湯からみそラーメン』誕生と同時期に、札幌の『味の三平』さんが味噌ラーメンを初めて出されたくらいだったようです。しかも、当時は情報の伝達がかなり遅いわけで札幌に出始めた味噌ラーメンの話は後になって初代も知ったそうです。ですので、同時期に自然発生的に誕生したものなのですが、『龍上海』の場合はたまたま『家の食卓がルーツだった』というわけです」(『龍上海』佐藤元保さん)

 当初は、なかなか売れなかった「赤湯からみそラーメン」ですが、一口食べればヤミツキになる人が続出。次第に人気を博すようになり、今では山形を代表するラーメンになりました。

初代から当時18歳だった二代目に引き継がれ、自家製麺への変更を目指す

「赤湯からみそラーメン」のベースの味は当時から変わらないとのことで、味の進化が著しい現代において、この時代にこれだけ美味しいラーメンを誕生させたのはまさに神業に近かったのではないかと思います。

「味のクオリティが高いことはもちろん、それ以上に私がすごいと思うのは、この味をゼロスタートで作ったということです。あらゆる食文化は先駆者がなんらかのメニューを考案し、それが流行ると、後続の人たちがそれを真似たものを作り始めることが多いですが、何もないところから『赤湯からみそラーメン』を誕生させたのは本当にすごいことだったと思っています。

 ただし、ベースの味は当時から変わっていないですが、二代目がお店を引き継いだ際、麺を自家製麺に変えました。当初は入れてみたは良いものの使い方がわからず、ほっぽり投げていた時期もあったそうですが、その時も初代が見かねて『せっかく入れたんだろう。そろそろ本格的にやってみなきゃダメだ』と助言し、ようやく本格的に自家製麺を始めることになります」(『龍上海』佐藤元保さん)

三代目が引き継ぎ18年。「味を守ことを最優先に考えている」

絵心があった初代が描いた熊の絵。今日も『龍上海』の店内でその味を見守っているかのように映ります
絵心があった初代が描いた熊の絵。今日も『龍上海』の店内でその味を見守っているかのように映ります

『龍上海』は、さらに今から18年前の2004年に三代目として佐藤元保さんが店主を継承。現在も「家族で作り上げた味」を守り続けることを最優先に営業を続けていると言います。

「初代、二代目が作り上げ、多くのお客さんに評価をいただくようになったこの味をとにかく守るように考えています。二代目は若くして体を壊してしまったこともあり、『やりたい』ということを思う存分できたわけではなかった。そういった我慢をして守り抜いた味は、三代目となった私もなんとしても守り抜かなければいけないと思っています。

 確かに食べていただいたお客さんからは『美味しい』と言っていただくことが多いですが、評価されればされるほど、同時に『味が変わったね』と言われないよう徹底して味を守り抜かなければいけません。このプレッシャーを抱えながら味を守りご提供させていただく……三代目の私は、これだけを徹底して考えています」(『龍上海』佐藤元保さん)

『龍上海』の「赤湯からみそラーメン」にはこんなアツいヒストリーが隠されていました。ここまで読んでくださった方には山形・赤湯の本店に行って、その味を確かめてほしいでが、赤湯本店のほか、さらに山形県内に5店舗、「新横浜ラーメン博物館」があります。ある家族が切磋琢磨の末に生み出し、その名を全国に知らしめるほどの支持となった『龍上海』の「赤湯からみそラーメン」、ぜひ一度食べてみてください!

(撮影・文◎松田義人)

●SHOP INFO

龍上海赤湯本店外観

店名:龍上海赤湯本店

住:山形県南陽市二色根6-18
TEL:0238-43-2952
営:11:30~19:00
休:水曜