ある家族のお正月の思い出に寄り添って一献。【酒器も肴のうち】

お酒をつぐ器、お酒を飲む器。酒器に思いを巡らせると、気になってくるのが、あの人のお気に入りやコレクション。あのお店のセレクションも見てみたくなる。酒器を愛でて一献傾けるのが好きなライターによる酒器折々、酒器こもごも。

ある家族のお正月の思い出に寄り添って一献。【酒器も肴のうち】
食楽web

「酒器も肴のうち」第10献。今回ご登場いただいたのは自由が丘「つぐをギャラリー」の店主・佐藤恵さん。「青森ご出身ならご存じですよね」。そう言って佐藤さんが見せてくれた愛用のぐい呑みは“津軽金山焼(つがるかなやまやき)”のものだった。

 筆者の出身地である青森県には少ないながらも窯元がいくつかある。“津軽金山焼”は県西の五所川原にある窯元で、素朴さと焼き締めの力強さを併せ持つ作陶が特徴。ここ数年は釉をかけたものも制作している。同郷の陶器との久しぶりの対面は、都内で偶然津軽弁を耳にしたときの感覚に似ていて懐かしくもあり嬉しくもあるのだが、こちらの紹介は次回じっくりするとして、今回は佐藤さんがとても大事そうに見せてくれたもうひとつのぐい呑みのお話。

画家・佐藤継雄さん作。ころんとした手びねりのぐい呑み。

 青森が生んだ世界に誇る板画家・棟方志功。彼に影響を受け、独学で書画を学んだ同郷の画家・佐藤継雄さんは佐藤さんのお父さま。県内はもとより銀座でも定期的に個展を開催し、墨彩画の額装だけでなく、陶器やこけしなど民芸品調に仕立てた作品なども手がける。

 佐藤さんが「父の作品をもっとたくさんの人に見てもらいたい」との思いで、ギャラリーをオープンしたのは2007年。いわく「なんの迷いもなく父の名前を屋号にした」という。以来、お父さまの作品を常設展示しているうちに、さまざまなご縁がつながって、手しごと作家や水彩画家などの個展や企画展も開催することになり、今に至る。

「店の看板に“絵と陶器の店”と書いてある通り、父の絵と、既成の素焼きのぐい呑みに父が絵付けして仕上げた陶器を置いていますが、このぐい呑みは父が最初から手びねりで成形して絵付けしたもの。口の厚みが不均一だったり、内側にキズが残っていたりするんですが、言葉では言い表せない愛おしさがあります」

 画家を父に持つ娘の特権か。Not for saleのプライスレスか。丸みを帯びてころんとした手びねりのぐい呑みを通して、親子の絆を垣間見た気がした。

「いつだったかのお正月、珍しく青森の実家に家族全員揃った年があって、父がつくったぐい呑みで乾杯しました。父自身はお酒を飲まないのですが、私や姉たちが父のぐい呑みで楽しそうにお酒を飲んでいる姿を見てとても喜んでいて、そのときに実家から持ち帰ってきたものです」

 家族全員が画家・佐藤継雄の大ファンで、ギャラリーを始めた娘の恵さんは言ってみれば画家・佐藤継雄の広報宣伝部長ということか。

「毎年恒例の企画展“花と土”は、父が描いた花の絵と津軽金山焼とのコラボ展なんですが、今回は父の絵がラベルになったお酒も扱うことになって。これもいろいろなご縁があって、青森の酸ヶ湯温泉の丑湯祭りに個数限定でつくられたものなんですよ」

 青森の画家と青森の陶芸、そして青森のお酒が揃うつぐをギャラリー。聞くほどに望郷の念にかられっぱなしの筆者。そろそろ里帰りしなくては…。津軽金山焼と酸ヶ湯温泉の話はまた来週。

【酒器FILE 007】 愛用者:佐藤恵(「つぐをギャラリー」店主) *口径60mm *高さ37mm *容量90cc *重量82g
【酒器FILE 007】
愛用者:佐藤恵(「つぐをギャラリー」店主)
*口径60mm *高さ37mm *容量90cc *重量82g

●DATA

つぐをギャラリー

『つぐをギャラリー』
東急東横線自由が丘駅から徒歩5分ほど。線路沿いにある小さなギャラリーには、画家・佐藤継雄氏の作品を常設展示。ほかの作家展や企画展、貸しギャラリー利用時は展示していない場合もある。現在「花と土 つぐをの花と津軽金山焼展」を開催中(9月6日まで)。短い展示サイクルのギャラリーが多い中、ひとつの展示の会期を長く設定しているのは店主のこだわりでもある。

●SHOP INFO

住:東京都世田谷区奥沢5-31-20ニッソウ自由が丘101
TEL:03-3722-7900
営:12:00~19:00
休:月曜(祝日の場合、翌日)
Facebook「つぐをギャラリー

●著者プロフィール

取材・文/笹森ゆうみ

ライター。蕎麦が好きで蕎麦屋に通っているうちに日本酒に目覚め、同時にそば猪口と酒器の魅力にとりつかれる。お酒、茶道、着物、手仕事、現代アートなど、趣味と暮らしに特化したコンテンツを得意とする。