ハードタイプチーズ「幸」に隠された情熱とは? |北海道チーズ見聞録

「ありがとう牧場」の牛乳でチーズを作りたい!

探し求めて導入した銅鍋は、さらにつくるチーズのレベルを上げてくれている。
探し求めて導入した銅鍋は、さらにつくるチーズのレベルを上げてくれている。

 実習後、しばらく本州で働いたのち、共働学舎における実習での感覚が忘れられず、4年後再び共働学舎の門を叩くことになる。

 数年のチーズの腕を着実に磨いていく月日のなか、1冊の本に記されていたひとりの酪農家のことが気になり、仕事が休みの日にその牧場に足を運ぶようになった。

 それは足寄町茂喜登牛の「ありがとう牧場」だ。現在、「しあわせチーズ工房」のチーズの原料となる牛乳を供給している牧場で、その酪農家とは、吉川友二さん。

 吉川さんは、実習先のニュージーランドでは当たり前である「季節繁殖」(牧草の繁る時期に出産を集中させて、冬の草がない時期には乳を搾らない)を、日本でも実践する酪農を始めようと2000年に新規就農した酪農家である。しかも本間さんと同じ長野の出身。

 自分の工房をつくるなら、放牧酪農で搾った牛乳でやりたい。その思いを胸に秘めていた本間さんは、「吉川さんの放牧の牛乳で、チーズをつくらせてください」とお願いした。

 その後、吉川さんの牛乳を持って帰っては、自分でこっそりとチーズをつくり、吉川さんのところに持っていく日々が続いたという。吉川さんは、その中でも、1年熟成のハードタイプのチーズが気に入り、二人の間でのチーズ工房づくりへの構想は着実に準備が進んでいく。

 そして、2013年に念願の工房を設立。現在は、己の名前を冠した代表作、加熱圧搾タイプのハードタイプチーズ「幸(さち)」、牧場と工房のある地名を付けたウォッシュタイプの「茂喜登牛(もきとうし)」のほか、ヨーグルト、モッツァレラなども製造している。

「幸(さち)」は、デビュー当初から評判が高く、2016年に開催された「cheese award2016」では、加熱圧搾部門6カ月未満熟成の部門で、部門最高金賞を受賞した。

 2016年から、同じ町内の「石田めん羊牧場」の乳用種「フライスランド種」の羊乳を使ったハードタイプのチーズも、製造数量は限定ながら、注目を集め、評価が急上昇している。

「チーズづくりは、自分自身が映し出される鏡のようなもの。自分らしさ、吉川さんの牛乳らしさを表現することは、1年目などは見えなかったものが、いま5年目になってやっと形が見えてきた気がします。」

 己のチーズづくりを語るとき、足寄町のことを語るとき、穏やかな表情の中に、言葉に情熱がほとばしる。そして、本間さんが山田さんを見て感じたときのように、とても楽しそうに語る。もう、それだけで、この人のつくるチーズは美味しいだろうな。そう思わせてくれる人柄。いまは、その言葉のひとつひとつに、自信が満ちている。

 人と人の出会いの積み重なりによって、本間さんが導かれた約束の地、茂喜登牛。この地域の土壌が育む草を食べた生乳を原料に、この地域の風土が醸す熟成系チーズの進化は、これからも楽しみだ。

当店「チーズのこえ」に届いた「幸せ工房のチーズ・幸(さち)」を持ち上げ、感激する筆者
当店「チーズのこえ」に届いた「幸せ工房のチーズ・幸(さち)」を持ち上げ、感激する筆者

●SHOP INFO

工房名:ありがとう牧場 しあわせチーズ工房

住:北海道足寄郡足寄町茂喜登牛98-4
TEL:0156-26-2082

◎チーズ豆知識「チーズの種類。加熱圧搾タイプとはなんだろう?」

よく売り場で目にする「ハードタイプ」「セミハードタイプ」は、実は、明確な区分けのルールはありません。水分含量38%を区分として、それ以下をハードタイプ、それ以上をセミハードタイプとして分類されることが多いです。

 製造方法の区分けとしては、「加熱圧搾」「非加熱圧搾」に分けられます。チーズの製造時、型に詰めてプレス(圧搾)するとき、全体を40度以上にあたためてホエー(乳清)の排出を促す製法を「加熱圧搾」、それ以下である場合は「非加熱圧搾」と言われます。加熱圧搾タイプの方が、ホエーがより排出されるため、固いチーズになりますが、スターターとして添加する乳酸菌にも、得意とする温度帯があるため、どのチーズでも加熱圧搾すれば固い美味しいチーズができるというわけではありません。

●著者プロフィール

今野徹

帯広畜産大学院を修了後、北海道庁、農林水産省を経て、2015年「100年続くものづくり、1000年続く地域づくりをともに考える」ため「株式会社FOOD VOICE」を設立。同年11月、清澄白河に日本で初めてとなる北海道産ナチュラルチーズ専門店「北海道ナチュラルチーズコンシェルジュ チーズのこえ」をオープン。単なる「チーズ屋」ではなく、チーズを通じて、作り手、牛、大地の「こえ」を届けるとともに、食べることと世界へのつながりのきっかけづくりを幅広く企画、問題提起する「場所」づくりに奔走している。