『麻雀放浪記』の銀シャリ【美味なる映画館】

美味なる映画館【4】『麻雀放浪記』の銀シャリ
食楽web

「負けた奴は、裸になるって決まってんだ」

 鹿賀丈史演じる博徒・ドサ健が、映画の終盤に吐くこの台詞にしびれた人も多いのではないだろうか。

 終戦間もない東京で、麻雀賭博の世界に生きるならず者たちの群像を描いた映画『麻雀放浪記』。阿佐田哲也の原作を、「週刊文春」の表紙イラストなどで知られる和田誠が監督を務めた同作の冒頭で、こんな場面がある。

 場所は東京・上野。ひょんなことからチンチロリンの緊迫した勝負に臨むことになった主人公の学生・坊や哲(真田広之)は、その場に居合わせた百戦錬磨の博徒・ドサ健のアドバイスもあって、なんとか勝利する。翌朝、二人は肉体労働者やはぐれ者たちが集まるめし屋で銀シャリをかきこみ、熱い味噌汁を啜る。勝負に勝ち、晴れやかな気持ちで「ごちそうさま」と席を立つ坊や哲に、ドサ健は鋭い眼光で「カネを置いていきな」と言い放つ。俺のコーチ代を置いていけ、というわけだ。呆然としながらもカネを置いて店を出る坊や哲。生きるか死ぬかの勝負から解放された、刹那。つかの間の安堵は立ち消え、やにわに緊張が走る。友情も信頼も一切ない博打の世界。この映画はそんな緊張と緩和の連続で、観ていて飽きることがない。

 そうえいば、筆者も若さと時間を持て余していた大学生のころ、よく徹夜で麻雀を打っていた。いま思えばスマホが誕生する以前の時代ゆえ、寂しさを紛らわすためのひまつぶし、誰かとつながるための徹マンだったのだと思う。

 ただ理由はどうあれ、睡魔と戦いながら集中して打ち続けていると、次第に時間軸や空間軸が歪んでいき、また麻雀牌のジャラジャラ音の無限ループが妙なトランス状態を生み、深夜3時にもなるとカオス状態に。くだらない下ネタで大盛り上がりしたり、いつもは斜に構えている奴が急に青臭い話を始めたり、麻雀卓を囲む仲間たちが次第に壊れていく感覚が好きだった。

 徹マンが終わった後、必ず仲間たちと立ち寄っていたのが池袋北口にある食券制の24時間営業の居酒屋。酎ハイ3杯券が500円。たこ焼き300円、さばの味噌煮300円……。とにかく安くて、早い、そしてすぐに酔える。酎ハイやサワーの焼酎に何か怪しい銘柄が使われていたのか、毎回おかしな酔い方をする。気がついたら昼過ぎだったということもある。その居酒屋で必ず締めで食べていたのが、230円のかけそばだ。まだ、ろくに大学も通わず親のスネをかじりながら、自堕落な生活を送っていたころの朝食の思い出だ。

 ときどき思い出す、あの『麻雀放浪記』のめし屋のシーン。そのたびに、食は生きる源だということを実感させられるのである。

■INFORMATION

『麻雀放浪記』(1984)

監督:和田誠 出演:真田広之、鹿賀丈史、大竹しのぶ、加賀まりこ
大戦集結間もない東京。賭博師ドサ健(鹿賀丈史)と出合った18歳の哲(真田広之)が、博打の世界でさまざまな怪しい勝負師たちと出会い、成長していく青春映画。全編モノクロで、敗戦直後の空気感を見事に表現している。

(イラスト◎箕輪麻紀子 文◎大崎量平)