【益子焼】成井恒雄さんの徳利とぐい呑み【モノ好きの食卓07】

CLASKA Gallery&Shop DOのディレクターであり、日用品からアンティークまで大の買い物好きで知られる大熊健郎さん。そんな“モノ好き”人間のお眼鏡にかなった、食にまつわるモノとコトを紹介します。

【益子焼】成井恒雄さんの徳利とぐい呑み【モノ好きの食卓07】
食楽web

 トロリとした器肌、そのなんともいえない風情。てらいがないというのか、素朴なようでどこか恐ろしく造形的なセンスが潜んでいるようでもある。益子の陶芸家・成井恒雄さんの徳利とぐい呑みである。

 栃木県の益子と言えば、器好きでなくとも「ああ益子焼の…」と口にする人も多い全国的にも知られたやきものの産地。春と秋に開催される陶器市のシーズンともなると全国から多くの人々が訪れる陶芸のメッカでもある。

 その益子に行くと必ず立ち寄るのが「スターネット」。洋服や器、様々な生活道具、そして食材に至るまで、ひとつひとつ丁寧にセレクトされた商品が並ぶライフスタイルショップである。地元を中心とする作家たちの作品やオリジナルの器が美しくディスプレイされた店内は東京でもちょっとお目にかかれないほど洗練された雰囲気に包まれている。

 その「スターネット」に以前訪れたとき、妙に目をひくやきものがあった。洗練とか均整といった言葉とはある意味対極にあるような歪んだ造形の器だが、荒々しく粗野なのかといえばそうでもなく、うまく言葉にできないのだが、ただ無性に気になるのである。それが成井恒雄さんの器だった。

 知人に紹介してもらい初めて成井さんを訪ねたときはとにかく驚いた。「まあ、どうぞ」と案内してもらった仕事場の中を見回すと、まるで江戸時代にタイムスリップしたのかと思う風景。昼間でも薄暗く雑然とした小屋のような仕事場には裸電球がぶら下がり、土間の隅には今も現役の囲炉裏がある。長年焚かれ続けてきた薪で黄色く変色した障子から入ってくるぼんやりした光。仕事場全体に漂う燻された薪の香り。仕事場から見える登り窯。ボロの着物をまとった江戸時代の陶工がロクロを回している姿が目に浮かぶようである。

 成井さんは益子に代々続く窯元の家に生まれ、十五で陶芸の世界に入り益子を一歩も出ることなく、地場の土と釉薬だけを使って半世紀以上に渡り焼物をつくってきたという。皆が求める「豊かな暮らし」などにはおよそ頓著がない、というより器をつくること以外にはほとんど無欲といっていいような暮らしぶりである。でもそのような生活の中でしか生まれない美というものがあるのかもしれない。

「あんなに無欲に簡単に作っているようでどうしてこれほど魅力があるのですかね」と成井さんをよく知る知人に言ってみたら、その人が成井さんがまだ若い頃に作ったという器を見せてくれた。老練と言いたくなる程の研ぎすまされた器だった。それを経過しての今の形。名人だけが形にできる無作為の器なのだ。そんなことを考えながらこの徳利と猪口で飲む酒の味がうまいのは言うまでもないのであった。

【益子焼】成井恒雄さんの徳利とぐい呑み【モノ好きの食卓07】

●著者プロフィール

【益子焼】成井恒雄さんの徳利とぐい呑み【モノ好きの食卓07】

大熊健郎

CLASKA Gallery&Shop DOディレクター。1969年東京生まれ。インテリア会社、編集プロダクション勤務を経て2008年CLASKAのリニューアルを手掛ける。同時に立ち上げたライフスタイルショップ、CLASKA Gallery&Shop DOのディレクターとして、バイイングから企画運営全般を手がけている。
http://do.claska.com/