美味なる映画館【2】『君の名は。』のパンケーキ

美味なる映画館【1】『君の名は。』のパンケーキ
食楽web

映画を観ているとき、料理や食事のシーンに引き込まれて、無性に食べたくなること、ありますよね? そんな「おいしい」映画を紹介する連載です。

都会の味に憧れて

 90年代初頭に放送されたカルト映画の巨匠デビット・リンチが製作総指揮を務めた海外ドラマ『ツイン・ピークス』を観たのは、地方で暮らしていた高校1年生の時だった。主人公のクーパー捜査官(カイル・マクラクラン)が、大好物のチェリーパイを食べ、ブラックコーヒーを飲む姿にとても憧れた。当時、日本でも大ブームを巻き起こしたこのドラマを観て、同じ気持ちになった人も多いのでは?

そんな初々しい気持ちを呼び起こしてくれたのが、2016年8月に公開され、アニメ作品としては異例の大ヒット作となった、新海誠監督による映画『君の名は。』だ。地方の田舎町で暮らす女子高生・宮水三葉と、東京在住の男子高校生・立花瀧の心が入れ替わる純愛作品は、社会現象にもなった。

 風景描写の緻密さと美しさに定評がある新海監督だが、同作においても、通勤ラッシュや人ごみなど都会の慌ただしさと、田舎ののどかさのコントラストは観る者の心に響くものがあった。

やっぱり東京で食べたいものがある

この物語の中でヒロイン三葉が憧れる都会の象徴として描かれているのが「パンケーキ」である。瀧の体に乗り移った三葉が向かうのが、代官山や表参道にありそうな、オープンテラスのあるお洒落なカフェ。そこで、三葉は1500円もするパンケーキセットを注文する。念願叶った三葉はブルーベリーやいちごが乗った三枚重ねのパンケーキを一気に平らげるのだった。

 インターネットが当たり前のものとなり、AmazonやZOZOTOWN、フリマアプリにアクセスすれば、どこに住んでいても最先端の情報やファッションが手に入る時代である。都市と地方の情報・サービスの格差は格段に縮まり、大都会に憧れる若者は少なくなったといわれる。それでもやっぱり、東京に出なければ手に入らないもの、東京だからこそ得られる経験はあると思う。もちろん、その逆もあるが。

 かつて自分自身がチェリーパイに憧れたように、『君の名は。』を観て、三葉みたいに「東京のお洒落なカフェでパンケーキ食べたい!」と夢見る地方在住の中高生を想像すると、なんだか微笑ましい気分になった。いつの時代でも、都会と食への憧れは普遍的だ。

■INFORMATION

『君の名は。』(2016年)/監督・新海 誠

窮屈な田舎の生活から離れ、都会暮らしに憧れる女子高生・宮水三葉。大都会・東京で平凡な毎日を過ごす男子高校生。立花瀧。ある日を境に二人の心は入れ替わるようになる。決して出会うことのない二人は、相手の人生を体験し、お互いを知り距離を縮めていく。そして瀧は三葉に会いに行こうと行動に出るのだった……。

(文・大崎量平 イラスト・箕輪麻紀子)